どうなる? 日印関係――核という踏み絵を踏まされる日本 藤田正美の時事日想

» 2007年08月27日 04時23分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 参議院選挙で大敗した安倍晋三首相が、インドネシアやインドなどアジア3カ国歴訪より帰国した。このうちインド訪問が最も重要であったはずだ。中国と並んでインドが世界で最も高度成長を遂げている国であり、日本との経済関係を深める必要があるというだけではない。日本にとっては、インドは民主主義という価値を共有する国であり、場合によっては日印の緊密さが、アジアで存在感を強める中国への牽制になる場合もありうるからである。

 その日本側の思惑は共同声明にも色濃く繁栄されている(参照リンク)。日印関係は「戦略的グローバル・パートナーシップ」とされ、さまざまな分野で協力関係を強化するとうたわれている。経済関係が重要であることは論を待たないが、政治や安全保障で重要なポイントは、1つはいわゆるシーレーン防衛に絡むもの、もう1つは米印原子力協力に絡むものである。

日印共同声明の骨子

 共同声明骨子によると、「政治、安全保障、防衛分野における協力」と題して、「防衛協力を着実に向上する必要性を確認。9月にベンガル湾で実施される多国間海上共同訓練『マラバール』への海上自衛隊の参加を確認」とあり、さらに「海上保安当局間の連携訓練、定期的な長官会合を通じ、海上セキュリティ、海上環境保護等に関する協力を高めることを確認」とある。

 さらに「共通に関心を有する課題」の中では「原子力エネルギーの重要性について認識を共有。適切なIAEA保障措置の下における、インドに関する国際的な民生用原子力協力の枠組みに関する、関連する国際的な場における建設的な議論への期待を表明した。また軍縮のための協力、拡散に対抗するパートナーとしての協力を確認」とある。

インドへの原子力協力を認める米国

 ここで注目されるのが、実現に向けて動き出した米印原子力協力である。昨年3月のブッシュ米大統領の訪印から実現に向けて動き出し、ようやく今年7月に合意に達した(6月25日の記事参照)。しかしインドは核兵器を保有し、NPT(核拡散防止条約)にも加盟していない。核クラブ5カ国(米英仏ロ中)以外に核を拡散させないという体制は、実質的に崩れているとはいえ、イラクや北朝鮮、イランに対する強硬姿勢はこのNPTを根拠にしたものである。ところが米国は、インドの軍事用原子炉や核兵器には触れないままにインドへの原子力協力(具体的には燃料の供給、使用済み核燃料の再処理など)を認めようとしている。

 もちろんまだ米印原子力協力が動き出すにはハードルがある。1つはNSG(原子力供給グループ)加盟45カ国が全会一致でこの米印原子力協力を認めなければならないこと。NSGはNPTに加盟していない国に原子力技術供与などを行わないという原則がある。そして日本ももちろんこのNSGに加盟しているのである。

 その他にも、米国、インドの議会が協力を承認しなければならない。米国の連邦議会は昨年12月に関連国内法を改正したとき、インドが再び核実験をした場合には協力関係を終わると主張していた。しかしインドはそれに強く反発している。そして今でもインドには、核開発の主権を侵害するようなIAEA(国際原子力機関)の査察は受け入れるべきではないとする政党もある。

 日本は、NSGでいったいどのような投票をするのだろうか。これまで日本は、被爆国であるという立場から、インドのような国に対して原子力協力をすることには反対してきた。しかし対米関係や対印関係から見たときに、今の安倍政権が米印原子力協力に関して「ノー」と言えるはずはない。米国との関係と中国への牽制があるからである。

 しかし一方で、日本がここで米印原子力協力を認めるということになると、米国に追随してインドという核兵器保有国を「公認」することにもなる。参議院選挙の前、長崎出身の久間防衛大臣は、長崎への原爆投下を「しょうがない」と発言して大臣の座を棒に振ってしまった。

 インドに協力し、米国に協力するためには、ここでどうしても核保有国インドに原子力協力するという米国を支持しなければならないということになるだろうか。またロシアやフランスなどはインドへの原子力機器の輸出という観点からも、米印原子力協力を容認する姿勢であるようだ。こうした国際関係の中で、核兵器保有国であるインドへの原子力協力は「しょうがない」ということになったら、国民的には納得できないことになるだろう。その踏み絵を安倍政権が踏まねばならない日はこの秋に来るはずだ。

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