著者プロフィール:山口揚平
トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。
イオン銀行の本格稼働やセブン銀行の黒字化など、新しく参入した決済中心型銀行の躍進が目覚しい。民営化したゆうちょ銀行も、巨額の優良資産を武器に銀行業務に本格的に参入し始めている。
このような中で従来型の銀行は、昨今の退職者のリスク商品への消費志向を背景に、こぞって投信などの金融商品販売を行うに終始している感がある。だがこれらの金融商品の発行母体は、外資系銀行や資産運用会社などだ。銀行はその商品の小売をしているに過ぎない。
そもそも銀行とは、「信用」を仲介するビジネスである。預金者から集めたお金に「信用」という価値を供与し、貸し付けて利子を取る。預金者への支払い(利息)と、貸付先からの金利の差(スプレット)が収益源だ。スプレットの源泉は、預金者への元金保障および利息支払いの安全性の度合いと、貸付先への継続的資金提供の付加価値によって決まる。つまり銀行とは、規模が大きいほど利潤が大きくなる「卸売」業である。わずか3%の手数料を狙う投信の小売業では、その高い固定費もペイしない。
だが昨今では、この信用供与という従来の銀行の卸売ビジネス構造さえも変化しつつある。経済の成熟に合わせて、間接的・画一的な資金需要は低迷し、扱うお金の量から、融通するお金と提供するサービスの“質”へ、競争のポイントが変化している。
3大メガバンクグループに集約され、規模の追求で勝負がついた今、従来型の融資オンリーで生き残れる銀行は、5指に満たないだろう。従来型の銀行は、新たに戦略的な方向性を打ち出す必要に迫られているのだ。
従来型銀行が目指すべき方向性は、大きく2つある。
1つは提供する金融製品の多様性・柔軟性を広げること。もう1つは顧客へ提供するサービスレベルの拡充である。
金融商品の多様性とは、端的にいえば、お金の提供方法のバラエティだ。金融業が提供するお金には、一般に2種類ある。いわゆるデット(融資)と、エクイティ(投資)である。
両者の違いは単純だ。前者は、提供先企業の業績とは関係なく金利を受け取るモデルで、後者は業績に連動して比例的に報酬を受け取るというモデルである。
簡単な関数で表してみよう。“y=ax+b”で、“y”を金融機関が得る配分、“x”を企業が稼ぐ利益とすると、デット(融資)は、y=bということだ(上図参照)。これは、x(企業が稼ぐ利益)がいくら変わっても、y(銀行の取り分)は変わらないことを意味する。
一方、エクイティは“y=ax”で表せる。x(企業が稼ぐ利益)に比例して、y(銀行の取り分)が変動するモデルである。
その他、メザニンやら転換社債やら優先株やらMSCBやら、さまざまな資金提供形態があるので、読者の中には混乱している人も多いかもしれない。しかしどの金融商品も、要は上の関数の変形式に過ぎない。複雑な組み合わせを設計して提供するのは、国内各行よりも外資系の方が得意なようである。
金融商品は、今後ますます種類が増えてゆくだろう。だがその本質は、顧客の資産や将来キャッシュフローを担保にして資金を融通し、それを回収するということに尽きる。多様な商品は、この仕組みのバリエーションが増えたに過ぎないと考えればよいだろう。
一方、横軸のサービスレベルの多様性だが、こちらについても様々なレベルが存在する。
第一段階は御用聞きである。御用聞きとは、顧客から「お金を貸してくれ」と言われて初めて製品を提供する、一番原始的な金融モデルである。護送船団方式で各行の差別化がない時代には、ほとんどの銀行は御用聞きで事業が成り立っていた。
次の段階は、気の利く番頭役である。番頭である銀行の担当者は事前に資金需要を見極め、必要な資金額などを算定、提案することになる。リレーションシップ・バンキングというキーワードは、この気の利く番頭になろう、という掛け声に近い。
さらに進んだサービスとは、顧客の資金需要を満たすのではなく、顧客の経営課題の解決を行うパートナーとなることである。具体的には、M&Aを含む合従連衡・戦略的提携の促進、販路の拡大サポート、経営管理体制の拡充サポート、相続・組織変更に関するコンサルティングサポートなどである。
これらは一見、銀行業務とは無関係な領域の話に見えるかもしれない。しかし今後は、高度な知見やネットワークを駆使してはじめて、本来の金融業務を提供できるほど、市場争いが過熱化する。商品軸、サービス軸のどちらでもいいが、より付加価値の高いサービスを提供できる金融機関だけが将来は残ってゆくだろう。特に、全国展開する都市銀行では、縦軸の金融商品の多様化・柔軟性の拡充による金融サービスの総合的提供体制が鍵となるはずだ。
実際には、各メガバンクグループとも、バラエティに富んださまざまな商品を取り揃えている。だが問題は提供体制にある。縦割り組織的な問題から、顧客に対して柔軟な金融サービスを提供できていないのが現状である。従って都市銀行が取り組むべきは、数々のしがらみを排除し、証券も含めた横断的な組織体制と人事制度の改革を行い、機動的に顧客に対応できる体制を確立することだ。
一方、顧客接点に強い地方銀行は、顧客とのリレーションを強化し、単なる金融を超えたサービスを提供できる者が勝者となる。単純な融資合戦では、地銀は体力があるメガバンクに勝てない。そして資金需要の緊縮した状況においては、たとえ関連地銀といえど容赦せず、メガバンクは攻勢をかけてくるはずだ。
この危機的状況を打破するためには、地域の優秀な人材を囲い込んでいる地方銀行の利を生かし、銀行とその融資先である顧客がWin-Winになるような課題解決型のビジネスを展開しなければならない。そしてそれは、お金を提供するということではない。「顧客のビジネスを真に理解する」ということである。
すべてのビジネスは、異なる個性と成功要因を持つ。また歴史も違えば、企業文化も異なる。そのような企業の多様性を前提とした個別対応力を付けられる地銀が残ってゆくだろう。
銀行はこれまで、社会的インフラとして特別の扱いを受けてきた。銀行側も厳しいビジネスの競争環境というよりは社会的使命を優先させてきた面がある。しかしこれからはそうはいかない。それぞれが独自のポジションをとって真剣に勝負をしなければ生き残れない時代が、もう目前に迫っているのだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング