M&Aは結婚と同じ――失敗したら、泣くのは誰?保田隆明の時事日想

» 2007年11月01日 09時45分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]

著者プロフィール:保田隆明

やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou


 サブプライムローン問題(別記事)の余波で、世界的に見ると投資ファンドによるM&Aは一旦下火になりつつあるようだ。しかし日本国内に目を転じると、キリンビールによる協和発酵の買収やウォルマートによる西友の完全子会社化など、まだまだM&A意欲は旺盛である。

M&Aは半分の可能性で失敗する大ギャンブル

 M&Aでは、M&A実施時が最も派手に報道されるので、M&Aの発表こそが成功かのように錯覚してしまいがちだ。しかし結婚に例えるならばそれは結婚式のようなもの。めでたいことであるのは確かだが、その後うまくやっていかないと意味がない。

 日本では、4組に1組のカップルが離婚をするというが、M&Aの場合、目論見どおりに収益向上を達成できる案件は半分あるかないかと言われている。予定していた収益向上が実現できないどころか、大きな損失を被ることもある。ダイムラーによるクライスラー買収はその代表例だし、国内企業ではNTTドコモがアメリカやヨーロッパに1兆円以上を投じたのに、投資資金がほぼ無駄になってしまっているケースがある。

 成長曲線が緩やかになってしまった企業にとって、M&Aは業容拡大の有効な選択肢であることは間違いない。しかし、半分の可能性で無駄遣いに終わることもあるギャンブルでもある。

 もちろん、企業で何か新規事業を立ち上げる場合には、失敗する可能性のほうが高いぐらいなので、M&Aの成功率が約半分と考えれば、それは十分に高いという見方もある。しかし、M&Aでは使う金額が半端なく大きい。大きなギャンブルであることは間違いなく、失敗した場合は責任の所在を問われてしかるべきではないかと思う。

経営陣は他人のお金で高級ショッピングを楽しむ

 しかし、M&A後の経営がうまく行かない理由は一筋縄では説明できないことが多い。数々の予想外のことが起こり、全てを総合した結果として失敗するわけだ。したがって、失敗を誰かの責任にすることはできないし、M&A実行時は経営陣も、株主もゴーサインを出してM&Aは成り立つわけなので、M&Aの決定自体を責めることもできなくなる。こうしてM&Aは失敗しても、誰も責任を取ることはなく、痛むのは株主の懐のみ(株価の下落)、ということになる。

 こう考えると、M&Aは株主にとってこそ一大事である。M&Aを実施するときの経営陣は、その後の経営がうまく行かなくなってくる局面では既に退職している可能性が高い。ただ、M&A実施時には、それら経営陣が誇らしげに記者会見のひな壇に上がり、満足げな表情を浮かべている。M&Aの実施が、経営陣の花道を飾るためのものにならないことを強く願うばかりだ。

 買い物が嫌いな人はほとんどいないだろう。買い物は楽しい。しかも、高い買い物ほどワクワクする。M&Aとは、究極に高級な買い物であり、しかも経営陣にしてみれば、他人(株主)のお金でその楽しみを味わうことができるのだ。

 M&Aの発表にはスポットが当たるが、M&Aをしないという選択肢は、ときにM&Aをするより、辛抱のいる決断ともなりうる。“M&Aしないこと”もまた、時には英断なのだ。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.