強権化するプーチンに、打つ手がない欧米諸国の事情藤田正美の時事日想

» 2007年12月10日 00時00分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:《藤田正美》

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer


 12月2日に行われたロシアの下院選挙。選挙前から予想されていた通り、プーチンの与党である統一ロシアが圧勝した。63%という高い得票率で450議席の3分の2以上の議席を確保した。ロシアの下院は完全比例代表制で名簿のトップにプーチン大統領の名前を載せたため、プーチンに勝たせてもらったようなものだ(プーチン大統領は統一ロシアの党員ではなく、今度の選挙を受けて統一ロシアから「党員になってほしい」との要請を受けている)。

 もっともこの選挙をめぐっては、欧米から「自由でも公正でも民主的でもなかった」として抗議の声があがっている。米国のホワイトハウスは声明を出し、ロシア政府がさまざまな「違反行為」について捜査するよう求めた。こうした抗議はプーチンにとって、蚊に刺されたほどだ。かつてチェチェン紛争のころ、米国が人権問題でロシアを厳しく批判しても、プーチンは「人権、人権とよく吠える番犬のようなもの」と揶揄し、問題にすらしなかった。その当時より今のロシアは、はるかに強大になっている。

天然ガスの元栓を握っているロシア

 原油価格が1バレル100ドルをうかがおうという背景もあって、ロシアの財政は豊かである。1998年に通貨ルーブルが暴落し、債務を返済できなくなった面影はどこにもなく、今は事実上の「無借金経営」だ。しかも財政が豊かになって、国民の年金などの支払いが開始され、その分、プーチンの支持率も高い。しかも欧州に供給される天然ガスの元栓を握っているのはロシアである。

 その意味では、資源帝国ロシアの影を一番大きく感じているのはヨーロッパだ。その「劣勢」を何とか取り返そうと、EU(欧州連合)はさまざまな機会をとらえてロシアとの均衡を回復しようとしている。だが冷戦が終わって以来、最悪の冷え込んだ状態になっているとも伝えられている。その大きな理由は、ロシアのエネルギーに対して、対抗する手段がないことだ。

プーチンが実権を持ち続けるシナリオ

 米国はエネルギーの供給を受けてはいないが、ロシアに対して今までのような強い姿勢は取れなくなっている。米国にとって、いま一番頭の痛い問題は「イランの核開発」。強硬姿勢をとってきたブッシュ政権は、CIA(米中央情報局)が「イランは核開発を断念した」というリポートを出しながらも、イランは「危険な国である」と制裁に固執している。今後、米国がイランに圧力をかけるにせよ、和解の道を探るにせよ、ロシアの協力が不可欠だ。そのロシアにそっぽを向かれると、ただでさえ影響力を失っているブッシュ政権にとっては、残りの任期1年強は失意にまみれたものになりかねない。

 もちろんこうした欧米の姿勢は、プーチンが2008年5月大統領職を離れたあとも、実権を持ち続けるという前提があるからだ。いま言われているシナリオはいくつかある(別記事参照)。1つはプーチンが首相に就任(次期大統領が指名する)し、憲法を改正して首相の権限を大幅に強化するというもの。そして首相に就任した後、次期大統領が「突然」辞任を発表。大統領選挙を改めて行うときに、プーチンが再登場するというもの(これなら大統領の連続3選を禁止した憲法に抵触しないとされる)。さらには、権限も義務もあいまいな「国民的指導者」として君臨するというもの。

あなどれない存在になってきたロシア

 プーチンの強さは、石油の相場がここ3年ほどで3倍にもなったことが大きい。それがなければロシアの財政状況がここまで豊かになり、国民生活を安定させることもできなかったはずだ。ロシアの政治評論家、ベルコフスキー氏はニューヨークタイムズにこう語っている。「2008年はインフレも政治の腐敗もさらに悪くなる。そのとき新しい大統領は、責任をプーチンに押し付けようとするだろう。ロシアの財政が改善したのは原油相場のおかげ。それが下がってくれば、プーチンの評判も下がる。プーチンが大統領を辞めて3カ月もすれば、ロシアの国民はプーチンを忘れ始める。そして3カ月もすれば、今度はプーチンが狙われる立場になる」

 プーチンがどうなるかによって、世界の秩序は大きく変わる。それでも変わらないのは、政治的、経済的にロシアがあなどれない存在になってきたという事実である。

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