うまい、やすい、“はやくない”店舗の狙いとは――吉野家(後編)小西賢明の「お客様を想え。」(2/3 ページ)

» 2008年04月18日 10時59分 公開
[小西賢明,GLOBIS.JP]

牛丼一筋? それとも脱・牛丼?

 吉野家のホームページのトップには、いまだにおいしそうな牛丼がデンと鎮座している。その一方で、吉野家のブランドキャラクターは「吉BOO(よしぶー)」。豚ちゃんが可愛いどんぶりに入っているキャラクターだ。

 この間、ライバルの松屋は着々とバラエティのある商品を増やし続けた。またもう一つのライバルのすき家は郊外への多店舗展開を推進し続けた。さて吉野家は、何をしていたのか。先述のとおり涙ぐましいチャレンジを重ね、めげない経営を邁進したが、その結果得た結論が何なのかはあまりよく分からない。

 ターゲット顧客の再考がなされたわけでもない。そして、そのターゲット顧客に対し、どんなコンセプトを提供していくのか。その姿も明確に定められていない。

 旧来のコンセプトに原点回帰し、牛丼一筋をアピールし続けるのか。或いは「吉BOO」に代表されるような豚肉のメニューなどを包含する新生コンセプトとともに「脱・牛丼」を追い続けるのか。

 吉野家、どうしたいのか。本当の意味で、お客様を想えているか。「わざわざ売り込みに行かなくても、お客様が購入しに来てくださる状況」が、やや脆弱になってきてはいないか。目指すべき道を、見失っていないだろうか――。そんな牛肉輸入再開後の吉野家であった。

吉野家、その本当のチャレンジとは――新たな顧客を夢見る

 「吉野家、結局、どうなりたいんだろうね」――そこに迷走があるように見えた、吉野家。個人的には、牛肉輸入再開後の吉野家には、その力強さを感じにくくなっていた。

 しかし。2007年9月、驚きのプレスリリースが出る。

 あまり多くの人が意識していないかもしれないその発表は、2007年9月20日の新聞の片隅に載せられた。『郊外店、家族向けに』。内容は以下の通りである。

郊外店、家族向けに

吉野家ディー・アンド・シーは郊外を中心に、テーブル席を備えた家族向け店舗の展開に乗り出す。三年程度をメドに全体の六割に当たる郊外の約六百店を順次、新型店舗に切り替える。投資額は百億円強となる見込み。(日本経済新聞2007年9月20日朝刊)


 店舗内のレイアウトが変わる。平たく言えばそれだけだ。しかし、吉野家のチャレンジはそんな単純なものではない。大きく、舵を切った。そう思える戦略転換だ。

吉野家の実験店舗に行ってみる

 筆者は、この新型店舗(テーブル席中心)のスタイルの店を、知っている。すき家が郊外に展開する店舗がこのスタイル。もっと言えば、ファミリーレストランがこのスタイル。そしてもっと言えば、筆者の知る限り、吉野家の府中中河原店が、半年以上前からこのスタイルだ。

 吉野家のホームページに行き、メニュー紹介のコーナーに行くと、「店舗別の取り扱いメニューについて」という欄が出る。ここをクリックすると日本地図が出てきて、例えば東京をクリックすると東京の全店舗の取り扱いメニューが表示される。そうすると。著しく商品ラインアップが少ない店舗を、その中に見つけることができる。立地の問題上、仕方なく牛丼に絞ったとみられる店舗もあるが、そうでもなさそうな店もある。この立地で何故、商品ラインアップが少ないのか。実験店である。

吉野家・府中中河原店

 その中の一つ、府中中河原店。半年前に行ってみたことがある。

 まず目に付くのは、「吉野家」の文字が橙地ではないこと。スタイリッシュな白地の上に書かれている。しかも店舗に入ると驚く。「メニュー」がある。そしてそこには、蕎麦が載っている。天ぷらが載っている。牛丼のみならず、天丼も天蕎麦もある。

 そして店は、テーブル席中心だ。平日夜だが、子供連れのファミリーが何組か……。吉野家であって、従来の吉野家とは違う。「セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STP)」を革新した吉野家がここにはある。

 カウンター席で「早く」食べてもらう。その回転率が、吉野家のビジネスの中核だった。故に、回転高く処理できる絞り込まれたメニューを、回転高く動く顧客(腰を据えない顧客)である成人男性中心に提供する。それが吉野家の一つの生きざまだった。

 しかし府中中河原店で起こっていることは違う。ファミリーが、そこそこ腰を据えて落ち着いて食事をすることを前提としている。多様な人が集うゆえに、選択可能な複数商品が並ぶメニューも必要。当然、店舗のレイアウトも変わる。これはもう。新たな市場へのチャレンジである。

 となると、クリアすべき課題が多く、出てくる。

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