次のトレンドは「つながる」――カーナビを変える2つのキーワード神尾寿の時事日想

» 2008年05月18日 02時36分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 夏のボーナス商戦を前に、市販カーナビゲーション(カーナビ)の発表が相次いだ。毎年この時期は、新たな機能やトレンドを盛り込んだハイエンドモデルの発表シーズン。カーナビ/カーマルチメディアの今後が垣間見える内容になっている。

 そこで今回の時事日想では、最新の市販カーナビ市場のトレンドとビジネス動向、今後の可能性について考えてみようと思う。

カーナビ市場の3つのセグメント

 ここで少し「カーナビ市場」の構成について、改めて紹介しておこう。この市場は現在、大きく3つのセグメントに分割されている。

 1つは自動車メーカーが標準オプション品として用意し、自動車工場での新車組み立て時に取り付ける「純正カーナビ」(ラインオプションとも呼ばれる)。これは“クルマの一機能”として内蔵されており、クルマ本体の制御コンピューターである「ECU」と繋がり、クルマの安全・安心機能と連動するものも多い。また、トヨタやホンダなど大手自動車メーカーでは、独自の情報通信サービス(テレマティクス)を自社の純正カーナビ用に用意している。

 2つ目は自動車の販売会社(ディーラー)が独自に調達・取り付けをする「ディーラーオプション カーナビ」。これは自動車メーカーの認定を受けたものが多く、テレマティクスにも一部対応している。機能面では純正カーナビに及ばないが、割安で、ディーラーが値引きしやすい。

 そして、3つ目が「市販カーナビ」(アフターナビとも呼ばれる)だ。これはクルマとは別に、ユーザー自身が購入するもので、カー用品店などで扱っているのはすべて市販カーナビになる。純正カーナビに比べると、クルマとの一体的な機能・サービスは弱いが、一方でカーナビメーカーが自由に開発・競争できるという特長がある。市場の自由度が高く、ユーザーの選択肢が多いのが特徴である。

2ケタ成長が続く市販カーナビ市場

 日本のカーナビ市場全体を俯瞰すると、構成比としては純正カーナビの比率が高くなってきているが、それでも市販カーナビも堅調な成長を続けている。2007年の販売数は対前年比で15%の成長。市販カーナビメーカー大手の1つであるパナソニックオートネーティブシステムズ(PAS)社では、2008年の市販カーナビ全体の販売予測を前年比16%増と見ている。

 このように市販カーナビの“市場規模”は堅実に成長しているが、一方で、その内訳をみると地殻変動も起きはじめていることが分かる。これまで市販カーナビ市場の主役だった、20〜30万円前後の高付加価値で高性能な「AVN(Audio Visual Navigation)一体型」の成長が伸び悩み、代わって急成長しているのがシンプルかつ安価な「PND(Personal Navigation Device)」である。PNDの価格帯は4〜7万円台が中心と従来のAVNより大幅に安価であり、高機能なAV機能こそないものの、カーナビ機能の進化は著しく実用十分なレベルまで達している。また、PNDの取り付けはユーザー自身で行えるため、従来型のカーナビのようにカー用品店などで取り付け工事も要らない。家電量販店やインターネット通販でも簡単に買えるのだ。

 これらの要素が、これまでのカーナビに割高感を持つ層を捉えて、PND市場は急速に拡大しているのだ。2007年度のPND販売実績は2006年の約4.7倍にまで急拡大しており、PAS社が公開した2008年の予測で、PND市場は引き続き前年比37%の成長という数字になっている。

市販カーナビ、2008年モデルのトレンドは「つながる」

 さて、これらの背景を踏まえた上で今年の市販カーナビのトレンドを俯瞰してみると、共通のキーワードは「つながる」である。特に市販カーナビの“2強”であるパイオニアとパナソニックオートモーティブシステムズは、そろって通信対応とネット連携を強化してきた。通信モジュールやBluetooth経由による携帯電話接続など、さまざまな方法を用いて「ネットに繋がる」ことで、市販カーナビでも新たな価値を作り出そうとしている。

 とりわけ、この通信対応・ネット連携で大きな一歩を踏み出したのがパイオニアだ。同社は新たに発表したハイエンドモデル「カロッツェリア サイバーナビ」において、プローブ型の渋滞情報や駐車場情報サービス「スマートループ」への対応を大幅に強化。従来のブレインユニットをホームブロードバンドに接続する方式だけでなく、Bluetoothによる携帯電話接続、月額1050円のウィルコム通信モジュール利用など、多様な通信接続方式を用意して“リアルタイム化”を推進した。

 さらにパイオニアは今回、急成長するPND市場にも重要な布石を打った。それがサイバーナビと同時発表された「エアーナビ(Air Navi)」である。こちらは5.8インチワイドVGA液晶と、PNDながら加速度センサー/ジャイロセンサー搭載で測位精度を高めた意欲的なモデルであるだけでなく、当初から“ネットサービス連携”が想定されている点も革新的だ。エアーナビの商品化にはパイオニアグループとソフトバンクグループが共同で取り組んでおり、通信モジュールはソフトバンクモバイルのHSDPAインフラを使い、専用のテレマティクスポータルにはYahoo! Japanが協力している。もちろん、パイオニア独自のテレマティクスであるスマートループにも対応ずみだ。こと通信サービスの連携という部分では、ハイエンドモデルのサイバーナビ以上に革新的かつ充実している。それでいてエアーナビの本体価格は「実売価格で6〜7万円前後」(パイオニア幹部)だという。エアーナビは、PND×テレマティクスという近い将来のトレンドを先取りした野心作なのだ。

パイオニアの新しいPND「エアーナビ(Air Navi)」

 パナソニックオートモーティブシステムズ社(PAS社)のハイエンドモデル「ストラーダFタイプ」(参照記事)でも、通信対応とネット連携を強化した。しかし、そのアプローチはパイオニアとは若干異なる。パイオニアの通信対応・ネット連携は、主にドライバー向けの“運転支援”に重きを置いているが、PAS社のそれは「家電連携」を重視している。

 具体的には、関連会社の松下電工の住宅向けネットワークシステム「ライフィニティ」に対応。クルマから自宅の照明やエアコンの制御などが可能になっている。他にも、留守宅を監視するネットワークカメラへの対応や、通信経由でパナソニックのデジタルテレビ「DIGA」の遠隔操作や録画予約ができるサービスなどが用意された。なお、ストラーダFタイプでは、パイオニアのように通信料定額で利用可能なPHSや携帯電話のモジュールは用意されていない。そのためBluetooth経由で、携帯電話のパケット通信を利用する形になる。


“ネット端末としてのカーナビ”が本格化

 カーナビの通信対応・ネットサービス連携は、トヨタ、ホンダ、日産のテレマティクスが率先する形で進展してきた。しかし、ここに市販カーナビの2強であるパイオニアとパナソニックオートモーティブシステムズが加わることで、純正カーナビだけでなく、市販カーナビの世界でも「カーナビのネット端末化」が進むだろう。当然ながらそれは、新たなクルマ向けのコンテンツやサービス市場の可能性となる。

 とりわけ筆者が注目しているのが、エアーナビが先鞭をつけた「PNDとネットサービス(テレマティクス)との連携・連動」である。PNDの本体価格は安価であり、その中身はUMPCやMID、スマートフォンなど拡大するモバイル産業の裾野と多くの部分を共有している。これまでのクルマやカーナビのタイムテーブルではなく、モバイル産業の時間軸で端末やソフトウェア、サービスが進化していくのだ。“クルマの中のネット端末”として見ると、PND×テレマティクスが秘める可能性はとても大きい。実際、PNDメーカー最大手であるオランダのTomTomは、通信対応とテレマティクスサービスの開発・普及を最優先課題に置いている。

 さらに、このPND×テレマティクスという新たな分野は、日本メーカーが環境的に恵まれているという優位性がある。周知のとおり、携帯電話を筆頭に日本のモバイル通信インフラは世界で最も先進的であり、通信料金の安さや定額制の普及でも他国を上回っている。3.9Gと呼ばれる次世代通信インフラや、モバイルWiMAXなどワイヤレスブロードバンドが最初に商用化されるのは日本だろう。PNDのグローバル市場では、オランダのTomTomとアメリカのGarminが2大メーカーであるが、日本メーカーが“モバイル通信インフラの優位性”を背景にPNDとテレマティクスサービスの分野で先手を打てれば、それは「PND×テレマティクス」という新たなフェイズで海外市場に進出する際の重要な武器になる。

 「つながる世界」へ大きく足を踏み出そうとしているカーナビと、急成長するPND。このふたつは今後の“クルマ向け”ビジネスを考える上で、重要なパズルのピースになるだろう。

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