第9回 ファイナンスの応用(4)保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(2/3 ページ)

» 2008年08月07日 00時00分 公開
[保田隆明,Business Media 誠]
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キャッシュフローで崩壊した「華麗なる一族」

 ピンと来ない方は、木村拓哉主演でドラマにもなった『華麗なる一族』(山崎豊子・新潮文庫)を読むことをお勧めします。

 これは父・万俵大介が率いる阪神銀行と、息子・鉄平(ドラマでの木村拓哉の役柄)が経営する阪神特殊鋼の話です。

 話の中で阪神特殊鋼は今後の成長のために多額のお金を投じて鉄の高炉の建設に乗り出します。設備投資のために多額の現金が会社から出て行きますので、これは投資活動のキャッシュフローにとってマイナスとなります。その目的は将来の収益向上、つまり、将来の営業活動のキャッシュフロー向上のためです。

 高炉の建設から完成、そしてそれが運転開始されて実際に商品を作って販売するまでにはタイムラグがあります。その間、会社は投資キャッシュフローがマイナスになる分、何らかの形で現金を手当てしなければならないのですが、そこで登場するのが銀行からの借入金、すなわち財務活動によるキャッシュフローです。

 鉄平は技術畑の出身で数字には明るくない、という描写が本の中で出てきます。最終的に鉄平の数字に対する読みの甘さと、鉄平と父親である大介との確執から阪神銀行が貸し渋り・貸しはがしをしたことで阪神特殊鋼の経営は行き詰まることとなります。

 ではここで高炉を建設する時点での阪神特殊鋼のキャッシュフロー計算書が次ページの図56のように計画されていたとしましょう。

 ここから先はあくまで仮の話になりますが、高炉建設に必要な費用は250億円、そのうち200億円を外部からの資金調達(借入金と増資)で行うことを計画していたとします。

 毎年の営業活動によるキャッシュフローは30億円、高炉完成後には営業キャッシュフローが毎年10億円ずつ増加します。また、借入金の返済額として毎年30億円が必要になります。

高炉建設が1年で終わるとすれば、翌年以降は投資活動によるキャッシュフローはゼロとなります。

 図56をご覧いただくとわかるとおり、高炉建設により手元の保有現金は一時20億円にまで減額しますが、高炉完成後は営業活動によるキャッシュフローが増えていくことで現金残高は回復し、増加していきます。これを見る限り、高炉建設は「やるべき」だと思われます。

 しかし、もし何らかの理由で営業キャッシュフローが減額してしまうとしたらどうでしょう? あるいは、なんらかの理由で高炉建設資金が当初予定していた250億円以上かかるとするとどうでしょう? キャッシュフロー計画に狂いが生じてくることになります。『華麗なる一族』では予想外のことが2つ起こります。

 1つは、鉄鋼業界の景気が悪くなり、各社が値下げ競争に走った結果、どの会社も商品を売れば売るほどに赤字になるという状況が生まれたこと、もう1つは高炉の建設途中で爆発事故があり、修復費の発生や建設期間が延長されることで建設費が当初予定よりも大きくなってしまったことでした。この2つの事態で、鉄平が経営する阪神特殊鋼の経営状態は一気に悪化します。

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