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» 2008年09月02日 11時54分 公開

あるがままの生き物の世界を――ビオトープで自然に親しむ松田雅央の時事日想(2/2 ページ)

[松田雅央,Business Media 誠]
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トンネルの上はビオトープ

 街の中に野草の草原を作れば、これもまた立派なビオトープになる。

 例えば筆者の住むカールスルーエ市を走る高速道路のトンネル上には、野山にあるような草花が生い茂り、生物の多様性が保たれた草原のビオトープになっている(下写真)。色とりどりの花が咲く公園は見た目にはきれいだが、芝生の草の種類が限られるため、生物の棲みかとしては貧弱。ビオトープの公園と通常の公園はこの点が大きく異なる。

 このトンネルの構造はユニークだ。建設にあたり、あえてトンネルを造る必要はなかったのだが、高速道路周辺には住宅地が立ち並ぶためこの区間600メートルに“鉄筋コンクリートのふた”をして騒音を抑え、表面に土壌を敷きビオトープの公園とした。この公園に立つとトンネル出入り口(下写真)から車の走行音がわずかに聞こえてくるが、足の下数メートルのところを車が走っているとは想像だにできない。

 工事終了後(1989年)、ここには数十種類の野草の種が混合してまかれ、それが自然の営みを繰り返して現在の状態に落ち着いた。

 ビオトープの公園は、管理の仕方も通常の公園とは異なる。スプリンクラーなどの散水装置は一切なく、生き残っている植物はこの土地に適したものだけ。通常の芝生は年間4〜12回程度刈り取りをするが、ビオトープの草原では年間1〜2回しか刈り取りをせず、しかも昆虫(下写真)の生息を妨げないよう花の咲く時期を避ける。

トンネル上に作られた草原のビオトープ(左)、トンネル入り口(右)

草原のビオトープに棲むハチ(左)、草原のビオトープに立つ説明板。環境啓蒙活動の一環としてビオトープの意味を解説している(カールスルーエ市公園局、右)

何となく心地よいことの贅沢さ

 ビオトープの公園は、車で15分も走れば郊外のどこにでもありそうなごく普通の草原だが、街の中にこれだけの規模で存在することに意義がある。子どもたちは草花で遊び、天気がよければゴロっと横になって昼寝するのもいい。トンネルに沿って流れる川の自然も回復しているので、夏になれば子どもたちが浅瀬で水遊びに興じる(下写真)。人口28万の中核都市の市街地で、これだけの自然に親しむことができるのは驚きだ。

 この公園には一年中きれいな花が咲き誇るというような“感動”がない代わりに、どこか昔懐かしい安らぎが満ちている。そんな「何となく感じる心地よさ」が実は都市生活における最高の贅沢ではないか、とふと思った。

 それでも通常の公園は市民アンケートで根強い人気を保っており、この先ビオトープの公園が主流になるわけではない。「花壇のきれいな公園もいいし、自然にも身近に親しみたい」。そんな欲張りな市民の希望に答えるため、中心市街地では通常の公園、川辺や市街地周縁部ではビオトープの公園という棲み分けが進みそうだ。

水辺のビオトープで遊ぶ子供

ビオトープは人工的な自然?

 さて、ここまでみてきたビオトープは全て人工的に整備・管理されているものだった。

 人の手が一切入らない自然保護区のような空間もビオトープだ。しかし、都市など人の住む地域のビオトープは必ず周到なプランに従って整備され、生物の営みは自然に任されるとしても計画的に管理されている。

 池のビオトープ(下写真)も、もし穴を掘っただけならば水が溜まらず池にならないから、必要に応じて底にプラスチックシートを敷く。また、小さい池だと10年程度で沼地状になってしまうので、定期的にたまった土砂を取り除く必要がある。

 ドイツだと人が手を加えない緑地は最終的に森(下写真)になる。だが、林や森がすべての動植物にとって最適な環境というわけではないので、逆に草原を好む生物の生息空間は今より狭まってしまう。ビオトープを作り出すことによって、街では見られなくなった昆虫や野鳥を呼び戻し、貴重な生態系を後世に残すこともできるだろう。

 ビオトープは自然を知り、自然に親しむ道しるべだ。次の世代に豊かな自然を残していく大切さを改めて教えてくれる。

学校の庭に作られた池のビオトープ(左)、郊外に広がる森(右)

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自然環境 | 環境保護


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