向谷実氏が考える鉄道と音楽(後編)――発車メロディというビジネス近距離交通特集(4/5 ページ)

» 2009年02月07日 09時40分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]

発車メロディが京橋駅でメジャーに転調する理由

 九州新幹線も京阪電鉄も阪神電鉄も、向谷氏がその路線のため、その駅のために作った曲だ。そういう逸話があると、お客さんも納得するし、電車に乗ることがうれしくなるだろう。列車への愛着がわいてくる。

 「京阪電鉄の場合、50曲以上もあるメロディについて、すべて整合性を取るなんて、かなり難しいことです。ただ自分の頭の中には、京阪の線路の様子がイメージできています。こんな感じで上り勾配を進むと駅があって……というような。1つ1つの駅については、例えば上り特急の淀屋橋から出ているメロディを順番に聞いてもらうとよく分かるんですが、天満橋までが地下駅なんです。ちょっと落ち着いた感じ。そして次に地上の京橋、ここでメジャーに変わる(楽譜参照)。自分のイメージで、トンネル、トンネル、地下を走って、地上に出る。ホームも広い、わぁ、って開放感。それを再現している。例えば上り65曲目、これはテンポがなくて、すこしアッチェルにして、弾き方もルバートで、自分の指で弾いています。こういうような細工をしているんですね」

京阪電鉄の淀屋橋、天満橋、京橋、枚方市各駅で使われているメロディ(クリックすると8駅分の楽譜を表示)。一部は京阪電鉄のサイトで試聴できる

 そういう説明をすると、京阪電鉄は大喜びだったはず。先進的な試みながら、乗客からの苦情なども全くないという。どうしてこういう曲になったか。どうしてこの駅ではこの曲がいいか――そういったことをすべてきちんと説明し、完成した曲は実際に駅や車内で使う状態で聞いてもらう。その結果、JR九州からも、京阪電鉄からも、全幅の信頼を得た。

 向谷氏はそれを「アカウンタビリティ(説明責任)」だと言う。一般消費者向けの曲は、作曲家が自分の曲について説明することはほとんどない。曲を聴く人が、自由な感想や思い入れを投影して楽しめばいい。しかし企業に納入する音楽には、なぜそうなるかという説明が不可欠だ。まさか作曲家からアカウンタビリティという言葉が出てくるとは思わなかった。だが、確かにその通りである。

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