向谷実氏が考える鉄道と音楽(後編)――発車メロディというビジネス近距離交通特集(5/5 ページ)

» 2009年02月07日 09時40分 公開
[杉山淳一,Business Media 誠]
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発車メロディの著作権は?

 音楽に関するビジネスといえば、著作権の扱いや契約が重要だ。発車メロディの場合、駅で毎日、何百回と“演奏”される。どういう契約になっているのだろうか。

 「僕の発車メロディの場合、著作権を放棄するわけにはいかないので、著作権は僕にあります。原盤も僕が持っています。ただし“鉄道会社は自由に使っていいですよ”という契約をしています」

 しかしJASRACの見解は今のところ、「著作者が信託した場合でも、鉄道会社はJASRACに使用料を支払わなければならない」だという。向谷氏の考える理想に、JASRACの今の制度では対応できないのが現実なのだ。

 「ですので、この曲をJASRACに登録する時に、鉄道会社との委嘱契約書を見せて、京阪電車に関する使用については、その著作権の使用料を放棄しますと宣言する。そうすると、駅で何回使っても、イベントで流しても、京阪さんは著作権料を支払う必要がない。著作権者の私としても、前払いで料金をいただいているから問題ない。ただし、JASRACに登録されているので、今回のようにCDを発売する場合は私に著作権料が支払われます。このCDに収録されているアレンジバージョンをテレビ番組などで使った場合も私に権利があります。このやり方を鉄道会社さんに説明したところ『珍しい』『初めてだ』と言われました。いまの他の発メロのしくみがどうなっているかは、僕には分かりません」

 他社はともかく、向谷氏のビジネスモデルはとても分かりやすい。音楽を納品される場合も説明責任がなされるため納得できる。

 「発車メロディがこんなに普及したり、ビジネスになるなんて誰も思わなかった。だから曖昧になっていることもあるんじゃないか。原曲のある発車メロディに関しては、鉄道会社か納品したメーカーが権利料を支払っているんでしょう。では、素材的な音源はどうなんだろう。作家にちゃんと著作権料を支払われているのでしょうか? 発メロとして買い取っていればいいといっても、それがオルゴールになったり、目覚まし時計になったりした場合に、それを管理している会社がどう許諾しているのか。私には分からないんです」

 曖昧にしていると、鉄道会社には著作権問題のリスクがあるし、作曲者の権利は保障されない。これでは音楽を作る側も、使う側も不幸になってしまう。向谷氏は「芸術家にもビジネスとして作品を提供するならコンプライアンスが必要」という。アカウンタビリティの次はコンプライアンス。向谷氏は作曲家でありながら、ビジネスのルールをよく知っている。

混雑路線の発車メロディを作ってみたい

 九州新幹線、京阪電鉄、阪神電鉄の発車メロディを手がけてきた向谷氏。今後、他に手がけてみたい路線はあるのだろうか。

 「JR東日本さんの、それも山手線や中央線など、通勤ラッシュ時にはものすごく混雑する路線でやってみたいですね。ただし、ただメロディを作るだけではなくて、自動放送システムとの組み合わせで。発車メロディが流れて、放送があって、それが終わってから扉が閉まる。このほうが安全だという僕の考えを(参照記事)、混雑する路線で実証したい」

 このインタビューを行った後、奇しくもJR東日本は1月下旬から“かけこみ乗車を防止する目的のために、発車メロディを短縮・取りやめる実験を開始した。現在、新宿駅7〜8番ホームでは発車メロディを停止し(3月6日まで)、東京駅3〜4番ホームでは発車メロディを変更して2〜3秒に短縮して流している(3月16日まで)。

 これに対して向谷氏は、「私は(乗客がタイミングを理解しやすいよう)長さは固定にしてかならずフルコーラス流すよう提案している。そのような実験も行っていただければと思います」とコメントしている(参照リンク)

鉄道以外でも、実用音楽は新しいビジネスになりうる

 向谷氏は「鉄道以外の分野にも自分の曲を提供したい」と話す。

 「機会があったら詳しくご説明したいんですが、僕はマトリクスミュージックというシステムを作ったんです。天候や時間など、その時々の環境に合わせた音楽を自動的に選択・生成するシステムです。1つの楽曲について、5×5の要素の組み合わせで、合計3125曲を自動的に作ってくれます」

 自動的に曲を生成するシステムを、何に使うのか。「これはデパートやショップ、公共施設に使えるものです。BGMとして3125曲も契約したら、著作権料の支払いや管理だけでも大変ですが、このシステムなら初期投資はかかっても、低コストで音楽を利用できる。実はこのアイデアは、最新作のトレインシミュレータにも搭載されています。プレーヤーのスコアに応じて、メニュー画面の曲が変わるんですよ。こうしたシステムで、いろんな場所を僕の音楽で埋めつくしてみたいですね(笑)」

 「企業が何か目的を持って音楽を使いたい」という場面は、発車メロディの他にもあるだろう。環境音ビジネスとでも呼ぶべきか。向谷氏のお話から、作曲家と企業との新しいビジネスモデルが生まれたような気がした。

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