このインタビューの後、向谷氏が手掛けた最新の発車メロディが発表になった。1月から阪神電鉄が、これまで使っていた発車メロディに代わり、向谷氏が作った曲を駅で使い始めたのだ(プレスリリース、PDF)。1月22日から阪神福島駅で採用されたのを皮切りに、2月末までには本線、西大阪線、武庫川線の全駅に、3月20日に開通する阪神なんば線(参照記事)でも向谷氏が作曲した発車メロディが流れることになっている。
作曲家が自分の感性のみで作り、プロデューサーを納得させてCDを発売する。それが一般的な音楽ビジネスだ。それが消費者に受け入れられ、売れたら成功、売れなければ失敗。すべては作曲家に返ってくる。しかし、発車メロディはちょっと違う。駅の利用者が曲にお金を支払うわけではない。鉄道会社という“クライアント”に、作曲家が曲を“納品する”というB to Bのビジネスである。従来の音楽ビジネスとは異なる部分があるはずだ。鉄道会社から、音楽に対する要望や修正依頼などはあったのだろうか。
「鉄道会社からの指定や修正はありません。『こんなにあか抜けていいのかな』とか、『今までと違うけれど、大丈夫かな』という声は出たようです。でも、現場で『それでもいいよ』という意見が強かったようですね。だって、こういう先進的な試みは、そもそも『やっていいかどうか』という大前提のところでもめたはずなんですよ(笑)。その結果、向谷の曲がいいと言ってくれたわけで。ただ、自分でも2タイプか3タイプで迷っている時は、全部送って意見を伺う時もありましたが」
この音は困る、安全上、こんなリズムは差し支えがある、といった要望はなかったのだろうか。
「仕様の指定はあります。『何秒でやってください』とかですね。僕は発車メロディを作る時に、案内放送の音源を全部もらいます。“○番線から、○時発、○○行きの列車が発車します”という音声部分なども。そして曲を聴いてもらう時には発車メロディだけではなく、“ドアが閉まります。ご注意ください”までを1つのパッケージとします。そうやってシミュレーションしないと、音楽だけ聴いてもらっても鉄道会社さんはイメージがわかないと思う」
そこまでやる発車メロディ作りは今までなかった。
「これまでは、メーカーが作ったサンプルを選ぶだけでした。そこには作曲者の“顔”がないんですよ。作曲家さんの名前が登録された曲もありますが、いままで“発車メロディを作った”ということで公の場に出てきた人はいない。それは『発車メロディに使えそうな曲はないの?』という注文に応じて、既存の音源ストックから作ったメロディを選んでいたからだと思うんです。音楽素材ですね。そこに優れた曲もあるけれど、素材ですから、作り方や傾向は似てきてしまう。僕はそのビジネスモデルを根底からひっくり返してみたかった」
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