ボーイングはなぜ東レと炭素繊維の独占供給契約を結んだのか――デルタモデルで検証する岡村勝弘のフレームワークでケーススタディ(1/4 ページ)

» 2009年02月16日 07時00分 公開
[GLOBIS.JP]

「岡村勝弘のフレームワークでケーススタディ」とは?

グロービス経営大学院でベンチャー戦略の教鞭を取る岡村勝弘氏による連載。事業創造、変革の特筆すべき事例を取り上げ、ビジネススクールなどで学ぶフレームワークを用いながら、独自の視点で、そこから得られる学びを詳説する。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2008年4月5日に掲載されたものです。岡村氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 2006年4月、東レの炭素繊維が新型旅客機「ボーイング787」の構造材に全面採用されることが発表となり、耳目を引いた。軽量で柔軟、しかし強靭で耐久性の高い炭素繊維複合材により、ボーイング787は従来機比20%の燃費削減を実現。航空会社各社からの注文が相次ぎ、業界を騒然とさせた。

 ボーイング社はこの複合材を、東レに16年間、独占的に供給させる破格の契約を締結。この契約で東レが手にする額は1兆円にも達すると言われる。

 ここで疑問が湧くのは、なぜボーイング社は、炭素繊維メーカー同士を競わせ、価格や性能面でのメリットを享受していくことを選ばなかったのか、という点だろう。炭素繊維は東レのみが有する素材ではなく、東邦テナックス※、三菱レイヨンなども長く開発に取り組み、一定以上の評価を得てきている。それにも関わらず、ボーイング社が16年間もの長期にわたり“2社購買”を放棄した真意はどこにあったのか――。

※東邦テナックスは2007年9月に、帝人の子会社となった。

 この理由を今回は、アーノルド・C・ハックス、ディーン・L・ワイルド2世の提唱するフレームワーク「デルタモデル」から解き明かしてみたい。

国内3社がシェアの過半を握る炭素繊維

 まず、そもそも「炭素繊維」とは、どのような素材なのか。

 東レら10社※が構成する業界団体・炭素繊維協会のサイトには、「炭素繊維はほとんど炭素だけからできている繊維。衣料の原料のアクリル樹脂や石油、石炭からとれるピッチなどを繊維化して、特殊な熱処理工程を経て作られる『微細な黒鉛結晶構造をもつ繊維状の炭素物質』」とある。

※東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンの3社のほか、三菱クレハ、大阪ガスケミカル、三菱化学産資、日本グラファイトファイバー、日本カーボン、新日本石油、三井鉱山が会員企業として所属する。

 何やら、かえって分からなくなるような説明だが、筆者の理解では、その強度は鉄の10倍、剛性は7倍、しかし、重さは4分の1。つまり、強くて、軽い。しかも錆びない、耐熱性がある、整形しやすい、など数々の魅力をあわせ持つ、“未来の新素材”である。

 その歴史は意外に古く、1970年代から強化プラスチックの補強材などとして世に出始めた。また、弾性の高さからゴルフシャフトや釣りざお、テニスラケットといったスポーツ用品、あるいは風車、パソコン、レントゲン機器、車椅子、人工衛星など、徐々に実用化を進め、現在は原油高増も追い風となり、躯体(くたい)の軽量さが燃費向上に直結する自動車や航空機などへの展開が大きな注目を集めている。

 「自動車や航空機に用いられるとなると、かなりの需要が見込める。さぞや世界中で、物凄い開発競争が繰り広げられているのだろう」。読者諸氏は、そう思われるかもしれない。

 ところが、この炭素繊維、日本のわずか数社が圧倒的な地位、シェアを有しており、他社に参入の余地を与えてはいない。炭素繊維は、アクリル繊維から生産されるPAN(ポリアクリルニトリル)系と、石炭や石油の残渣から生産されるピッチ系に大別されるが、現在、主流のPAN系炭素繊維の7割のシェアを東レ(34%)、東邦テナックス(19%)、三菱レイヨン(16%)の3社のみが握っている※。

※東レ推計。2005年3月期。
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