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» 2009年02月16日 07時00分 公開

岡村勝弘のフレームワークでケーススタディ:ボーイングはなぜ東レと炭素繊維の独占供給契約を結んだのか――デルタモデルで検証する (2/4)

[GLOBIS.JP]

40年の赤字に耐えて見えた需要爆発の兆し

 その1つの理由は、現時点までの市場規模の小ささだ。東レの炭素繊維複合材料事業を有価証券報告書(2007年3月期)から見ると、売上686億円、営業利益181億円。東レの連結売上1.5兆円から見ても、収益の柱と呼べるほどの大きな事業とは言いがたい。2番手・東邦テナックスの340億円(営業利益59億円)、3番手・三菱レイヨンの炭素繊維・複合材料、機能膜事業1115億円(営業利益161億円)などから推計しても、全世界で千数百億円の規模といったところだろう。

 むろん、それは、市場がまだ充分に立ち上がっていないから、ではある。航空機、自動車などへの採用が進めば、その規模は一気に拡大する。ただ先にも述べたとおり、炭素繊維の歴史は古く、開発競争の始まりは実は1960年代にまでさかのぼる。つまり、40年にわたり、“市場がまだ立ち上がっていない”状態が続いてきたのだ。

 「炭素繊維は世界中のケミカル・ジャイアントもみんなチャレンジした。けれど、ことごとく撤退した。残ったのは東レ、三菱レイヨンさん、東邦(テナックス)さん。それは、やっぱり技術開発競争に日本勢が勝った、欧米勢が全部負けたということです」と、東レの榊原定征・社長は2007年9月、『週刊東洋経済』のインタビューに応え、話している。「当社は40年かけましたが、その間、ずっと赤字です。つまり、私の前の5人の社長がみんな赤字を許容してきた。私の代で初めて、今年200億円ぐらいの利益が出る」(同)。

 つまり、投資を補うに足る十分な需要が確保できず、競合が次々と離脱するなか、東レ、三菱レイヨン、東邦テナックスの3社だけが40年にわたる赤字に耐えてきた。それが、ようやく大型ジェット機の素材としての採用を得て花開き、需要爆発が見えてきた。そういう話なのである。

「需要が拡大しないからコストが下がらない」悪循環

 議論を元に戻そう。ボーイング社は、なぜ東レと16年もの独占契約を結んだのか――。

 東レの炭素繊維には三菱レイヨン、東邦テナックスと比べ、何か圧倒的な技術優位があったのだろうか。あるいはコスト優位を有しているのだろうか。ビジネススクールで学ぶ人であれば恐らく、その理由をまずはマイケル・ポーターの「3つの基本戦略」(コスト・リーダーシップ戦略差別化戦略集中戦略)に求めるだろう。実際、東レもコスト競争や差別化競争で他社に抜きん出ようとしてきたように見える。

 しかし有望と思われた炭素繊維は意外にも、航空機や自動車といった大きな市場では、なかなか受け入れられない。「それはまったく新しい素材だから。最初はゴルフクラブ、テニスラケット、釣りざおに使った。スポーツ用途は折れても墜落しませんから。それで稼ぎながら、航空機用途の認定作業をずっと続けてきたのです」(榊原社長)というように、高度な安全性を要求されるがゆえに研究開発や設備投資に莫大なコストを要する。その一方で、いつまで経っても需要が拡大しない。需要が拡大しないから、規模化が進まず、価格も下げられないし、品質も一気呵成(いっきかせい)には向上しない。

 これを顧客となる航空機・自動車側から見れば、「いずれ使う時代が来るだろう」とは思いつつも、鉄や合金、ガラス繊維といった代替品と比べて異常に高額な素材に食指は動かない。素材メーカーが技術を深化させ、生産技術を精査し、合理的な価格と充分な品質を実現してから採用を決めて大量購買に進みたいと考える。そうこうするうちに代替品も着実に進化してコストメリットも出てくる――。

 要は、差別化戦略にもコスト・リーダーシップ戦略にも進めない。この悪循環が炭素繊維の本格的な事業化を遅らせ、40年にわたる歳月を取らせた真因だろう。

 ただ、東レには「必ず構造材料に使えるという技術的根拠、確信があった」(榊原社長) そして幸いにして研究開発を重んじ、長期的視点で経営ができる風土があり、こうした息の長い事業を株主も容認した。そうする中で、自然と見えてきた方向性。それが「デルタモデル」で言うところの「システム・ロックイン(囲い込み)」の状態を目指すことだったと筆者は考察している。

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