君はベルクに行ったことがあるか? 新宿駅にある小さな喫茶物語(前編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(6/7 ページ)

» 2009年06月19日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

メニューは減らさない―― お客様の笑顔のために

 「毎日現場に立って、お客様の喜ぶ顔を見ていると、どのメニューも、とても削れるものではありません」と、井野さん、迫川さんは言う。

 あまり数の出ない食べ物、飲み物であっても、それが大好きで足繁く通ってくれるお客さんが、少数ながら存在するものだ。そして、それはいろいろなメニューについて言えること。それなのに、経営効率が悪いからと言って、そうしたメニューをバッサバッサと削っていったらどうなるだろうか?

 言うまでもなく、顧客は失望・落胆する。中には、その店には2度と足を運ばないという人もいるだろう。

 実は筆者にも、そうした経験はたびたびある。非常に素晴らしい食べ物や飲み物に出会って感激し、その店に通い詰めるようになったら、突然、そのメニューが消えてしまっている。そんな“事件”が、あちこちの店で起きると、だんだん「自分はどこの店にとっても『招かれざる客』で、それゆえ嫌がらせでもされているのだろうか?」と、自虐的な悲しい気分になってしまう。

 店側としては、単に経営効率の良くない商品を削っているだけなのだろう。しかし客にそんな思いをさせるような店が、長期的に顧客の信頼を集めることができるのだろうか? 筆者がそんな思いをしているということは、きっとほかにもそうした客は多くいるのだろう。ベルクの姿勢は、この点で、筆者個人としても共感を禁じ得ないのである。

 こうした姿勢の現れのひとつに「朝からお酒が飲め、夜でもモーニングが食べられる(夜はセット価格ではないが、トーストや卵が食べられる)。

 大多数の人々にとっては、朝食は朝食べるものであり、酒は午後以降飲むものであろう。しかし世の中には、そういうシフトで生活していない人だって存在する。24時間眠らない街・新宿なら、なおのこと、そうである。そういう人々のために、ベルクでは「モーニングは朝だけのメニュー」などという杓子定規な考え方はしないのである。

 とはいえ、そうした効率の悪いオペレーションは、マネジメント全般にマイナスのインパクトを与えないのだろうか? それに対して、井野さんは明るくきっぱりとこう答える。

 「それは大丈夫です。メニューが多くても、細かく仕込むことで、素材を上手に使い切ることができています。来店客数も売り上げもほぼ一定していることもあって、それは可能なんです」

「ムダ・ムラ・ムリを楽しむ」経営が顧客からの支持の源

 筆者はかつて、創業から1000年を超える老舗温泉旅館の現・当主にお話をうかがったことがある。数多くの戦乱や天変地異を乗り越え、長い風雪に耐えてこられた要因について、その当主は次のような趣旨のことを話してくださった。

 「自分たちが、自分たちを取り巻く森羅万象によって『生かされている』という意識を常に持っていると、『どうすれば、もっともっといろんな人に喜んでもらえるだろうか?』って考えるようになるんです。

 それは結果として、はたから見れば『ムダ・ムラ・ムリ』としか思えないようなことでも、『喜んでいただけるなら』ということで率先して取り組み、自らそれを楽しむ余裕となって現れるんですよ」と。

 バブル崩壊後、日本の大多数の企業はいかにして、経営の「ムダ・ムラ・ムリ」を排除するかに血道をあげてきたと言ってよい。やれ「ダウンサイジング」だの、「リストラ」だのといった、“米国直輸入”による「システム/プロセス革新」を促す数々の理論が、日本の経済界の話題となった。そして、実際、多くの企業によって導入されてきた。

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