仕事で自己実現ってホントにOK?――社会学者、鈴木謙介氏インタビュー(中編)2030 この国のカタチ(4/6 ページ)

» 2010年04月30日 00時00分 公開
[乾宏輝,GLOBIS.JP]

当たりくじだよ人生は?

 「自分たちが選んだんだ」「これしかなかったんだ」と自己責任を内面化してしまう。いわゆる宿命のように感じてしまうというのは、どういう背景から起こっていることなんですか。

鈴木 うーん。個人的にはいろんな角度から考えられることだと思っているんですけれども、少なくとも仕事や人生の選択ということに関して言うならば、皮肉なんですけれども、選択権が個人の側に与えられるようになったことが大きいんだというふうに思うんですね。

 ちょっと専門用語を挟んで説明します。社会学に「個人化」という概念があります。これ1つとってもとても長い説明を要するタームなんですが、ざっくりいうと、これまで「当たり前」と思われていた常識がすべて「自明のもの」ではなくなり、個人の価値判断に任されるような状態を言います。

 例えば結婚。近代社会以前は、イエやムラの慣習と密接に結びついていたし、戦後も長らく、結婚して子どもを持って家を構えて一人前みたいな発想がありました。ところが今は、こうした価値観はすべて個人が選ぶものであるし、相手との価値観のすり合わせになる。自らの生き方を定める絶対的な基準の純度が低くなり、すべてが「個人の選択」に委ねられるわけです。この個人の選択にゆだねられる力が強くなることを、社会学では「再帰性の高まり」と呼びます。これは近代という時代が当初から持っていた特質ですが、特に昨今、この再帰性が非常に高まっています。

 さて、では僕たちの生活はどうなっているか。一応あらゆる選択肢は与えられているということにはなっている。その中から自分の意志で、人生を選んでいくのは間違いない。ところが、本当はたくさんあったはずの中から、AとBだけ見せられて、「Aがいい? Bがいい?」と言われて、Bを選んだみたいなことになっているんですね。

 進路選択の場面を思い浮かべて下さい。本来ならば自分がほかにも選べたかもしれないという可能性は提示されず、現状で選びうる選択肢だけはたくさん見せられて、その中から選んだというような、そういうキャリア形成なり進路指導なりが行われるわけです。でも、自分の人生は自分で選択してきたんだって思うしかない。

 しかもその選択の原理というものは、基本的には「やりたいこと」中心に編成されるようになっている。つまり、収入とか社会ステータスとかのパラメーターのほかに、「自分がやりたいかどうか」というパラメーターを見せられて、その優先度が一番高かったりする。「お前はやりたくないかもしれないけれども、こっちのほうが安定しているし収入が高いから」とは言われずに、「やりたいんだったら苦しいと思うけどじゃあやってみたら」みたいなことを言うのが、親なり教師なりが、子どもに勧めるべき幸福な人生だって思っちゃったんですよね。

 僕はこれを“当たりくじ人生”って呼んでるんです。つまり、教師にしても親にしても、子どもには当たりくじを引かせたいわけです。そうすると、とりあえず外れなしの当たりくじを見せて、その中からどれを引いても当たりくじだよっていう、そういう見せ方をしなければいけないわけですよね。しかもくじっていうんだけれども、全部「当たり」って書いてある(笑)。「ほら、引いてごらん」みたいな。

 当たりくじは客観的に当たりくじなのではなくて、くじを作った人が「当たりくじだ」って言っているだけなんです。当たりと書いてあるくじを引いたんだから、それを「当たり」と認識できないのは、自分が悪いんだっていう話になりますよね。

 これは単に企業が若者たちをだましているとか、逆に起業してリスクをとるべきだとか、そんな単純な話ではないんですよね。みんなその子に幸せになってほしくて、当たりくじだよって示した結果、引いた当人は当たりくじをどうしていいのか分からなくて困っている。それはだって個人として考えれば、そういう子が来たら同じこと言うでしょう、人は。

 そうですよね。「これは全部当たりくじだから、おまえここから選べよ」みたいなことになりますよね。

鈴木 外れもある中で「さあ選んでごらん」とは言えない。

 「そっちの方が面白いぜ」とは言えないですよね。

鈴木 なかなか言えない。だから、せめて引いた当たりくじの中で、「その当たりくじがもっと当たりくじになるように頑張ろうぜ」みたいなことを言わざるを得ないような状況がある。

 だから最初に申し上げた、それが社会と切り離されてしまっていることがやっぱり問題なんですよね。「当たりくじは本当に当たりくじなのかどうなのか」を判断する目って、社会的な目線を持っていないとやっぱり養えない。だからくじを引かせるシステムよりも、引いたくじを判断するスキルや、知恵を身につけるっていうことのほうが大事だと思うんですよね。

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