仕事で自己実現ってホントにOK?――社会学者、鈴木謙介氏インタビュー(中編)2030 この国のカタチ(6/6 ページ)

» 2010年04月30日 00時00分 公開
[乾宏輝,GLOBIS.JP]
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当たりくじを見極める足場としてのジモト

 だからこそ、理想に押しつぶされてしまう人もいる一方で、家族的なつながりであれば、例えば、ドラマ「ラスト・フレンズ」で描かれたシェアハウスに住んでいる仲間のように、友人関係とか、あるいは地域の地元仲間とか、そういう人たちを家族と呼んでもいいみたいな、そういう方向にも振れていく可能性を持っている。

 内閣府の「世界青年意識調査」によると、若い人たちの間で、住んでいる地域への永住志向が高まっています。また、「地域への愛着がある理由は友達がいるからだ」と答えられているという面白いデータがあります。つまり、友達がいる地元というものを愛するみたいな、そういう心理が生まれ始めている。なかなか興味深い現象です。

地域への永住意識(出典:第8回世界青年意識調査)

 背景には、マイホームを作るためだけに当てがわれた郊外の住宅地というものが、ロードサイドビジネスの発達や、子ども世代の成熟、そして近年では大型ショッピングセンターの進出などによって、「ジモト」と呼ぶような場所になっているということ。かつて『月刊アクロス』というマーケティング雑誌が、1997年にそういう特集を組んでいました。郊外で育った第2世代が、郊外の宅地を親世代のようなコンプレックス的な感じではなくて、「地元」とか「こっち」と呼ぶようになっているということが、当時すでにレポートされています。

 いわば「当てがわれた住宅地のなかでマイホームを作る」という生活だったものが、そのマイホームで育った子どもたちにとっては、その郊外は「ジモト」であると意識されるような、そういう状況というのが生まれつつあるんです。実はその子どもたちこそが、1970年代にニュータウンで育った第1世代であり、近年の経済状況の中でダメージを受けた人たちなんです。彼らにとって、郊外の地元というものが自分を支える数少ないリソースになるというような、そういう状況が生まれ始めているんだろうと思っています。

 そうしたいわば仕事というものを客観視できるような、自分の人生の別の足場というものをどこに置くかと考えたときに、マイホームに閉じられない地域性に可能性がある。それは、かつての伝統ある地域というだけではなくて、「そこに集まった人たちがそこをジモトと思っている地域社会」みたいな感覚です。そして、この地域性の感覚というものをコアに、地域を再編することは可能だろうと考えています。

 そのとき鍵になるのは、よく議論されているようなコンパクトシティ構想や、中心市街地活性化ではなく、郊外の大型ショッピングセンターです。特に郊外地域の大規模店舗は、昔からあった商店街の衰退につながるということで、2000年代の後半にはまちづくり三法の改正が行われ、1万平方メートルを超える大規模な商業施設への出店規制が行われています。一方で、ショッピングセンターを単なる物売りの場所ではなく、地域のコミュニケーションのハブとして設計していく「ライフスタイルセンター」と呼ばれる業態が近年注目を集めています。

 具体的には、こうした商業施設を中心に、人口5万〜30万人ぐらいの規模の、中規模都市を中心とした地域再編というものが起こってくることになるだろうと思っています。理由はシンプルです。1つは、少子高齢化が進んでいく中で、高齢者中心の過疎地域というものがこれからどんどん増えていきます。そうすると、交通機関や医療機関は採算が取れなくなってくる。高齢者にとっては、交通機関と医療機関が近くにないとまともに生きていけないわけで、どこかには移動しなければならない。

 人間が住居を移動するのと、商業地が人間のいる所にやってくるスピードを比較したら、商業地が動くスピードの方が早いに決まっている。そう考えた時に、人間をとにかく都会の商業地に集めてこようとするよりも、人が「このぐらいなら動いてもいいか」と思える距離で移動し、その範囲内にショッピングセンターがやってくる方が合理的です。そこに先ほどの話も絡みますけれども、地域で仕事をしたり田舎で暮らしたいとか、あるいは「郊外が地元だ」って言っているような若い世代が入ってきて、新しい価値観で、その高齢者と若者の間で、地域が再編されてくるということが起きるであろうと。

 おそらく公共交通機関は例えばコミュニティバスやカーシェアリングのようなものを通じて代替されるのが望ましいでしょう。新しく地域にやってきた高齢者というのは、もともといた地域のサポートネットワークから切り離されてやってきた人たちなので、介護を含めてさまざまなサービスに対する潜在的なニーズというものがあります。

 このニーズをボランティアではなく、ビジネス、あるいは社会起業ベースで、つまりきちんと賃金の発生する仕事として、若い人たちが地域の中にビジネスとして埋め込んでいって、その若者たちと高齢者の間でうまく経済が循環するような、そういう地域再編というものが起こってくることが望ましいだろうと考えているんですね。

 これは、今までの行政主体で、現在までにある商業地中心で考えているようなタイプの地域再編とは、まったくビジョンが異なります。若者たちの価値観の変化ともうまくリンクをしながら考えられる1つの地域再編のあり方だろうという風に思っています。

 すごく明るい、明るいと言っていいかどうか分かりませんが、日本の今のリソースでできる成熟の1つのあり方ですね。

鈴木 もちろん理屈だけは簡単に言えますけど、現実は厳しいです。近年、流動的な人口はどんどん東京に集中しています。大阪圏は過去30年以上、人口の流出超過が続いていますし、名古屋圏でも流入と流出が拮抗(きっこう)している状況。1990年代の後半からは、東京への一極集中が進んでいるんです。しかし、例えば中国地方で見ると、広島市だけが流入する人口が増えている。

 おそらく、関東圏であれば3〜5カ所、そうした中核都市というものを考えることができると思います。しかし東北や北海道では、もっと厳しいでしょう。僕のイメージとしては5万〜30万人という数字ですが、実際にはもうちょっと大きな規模で集まらないと、うまく立ち行かない地域が出てくるとか、そこに人が集中してしまって、むしろ過疎化が進んでしまうということは十分考えられます。

 →ネットワーク化で社会を変革せよ―― 社会学者、鈴木謙介氏インタビュー(後編)

鈴木謙介(すずき・けんすけ)

関西学院大学准教授。国際大学GLOCOM研究員1976年福岡県生まれ。専攻は理論社会学。インターネット、ケータイなど、情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。2005年の『カーニヴァル化する社会』(講談社)以降は、若者たちの実存や感覚をベースにした議論を提起しており、若年層の圧倒的な支持を集めている。

2006年より、TBSラジオで「文化系トークラジオ Life 」のメインパーソナリティをつとめており、同番組は2008年、第45回ギャラクシー賞ラジオ部門において大賞を受賞。2009年からは、NHK教育テレビにて放送の「青春リアル」において、若者たちが語り合う「リアル・タウン」の「町長」として番組に参加している。著書は『サブカル・ニッポンの新自由主義』(筑摩書房)ほか多数。


乾宏輝(いぬい・ひろてる)

GLOBIS.JP副編集長。1979年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、読売新聞東京本社入社。記者として、神戸、川崎、横浜支局で、警察、行政、司法などを担当。阪神大震災遺族取材、JR福知山線脱線事故、新潟県中越沖地震といった災害取材にも携わる。2008年より現職。関心のあるテーマは、ビジネス、社会、メディア、思想、アニメ、ゲーム、浜崎あゆみ、B級グルメ。


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