ANA My choiceに学ぶ、値下げ&無料時代の逆張りそれゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2010年06月09日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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「ハレ」の人々をターゲットに

Creative commons. Photo by Naoharu

 有料サービス開始にあたって、担当者たちは取扱商品のチョイスのため、新幹線の車内販売、コンビニ、百貨店を見て回ったと記事にある。販売するアイテムだけでなく、特に新幹線のワゴン販売という存在からはヒントを得たのではないだろうか。

 考えてみれば、新幹線ではグリーン車でも当然のごとく飲料や酒類、食事は有料だ。東海道新幹線で使い捨てのおしぼりが提供されるぐらいである。つまり、航空会社の無料サービスは慣例に過ぎないのだ。海外の航空会社は早くから有料化しており、堂々と料金を取って販売する。乗客も当然のように対価を払って購入する。

 記事には機内サービスの企画担当者のコメントがある。「コスト削減効果はもちろんあるが、顧客満足の向上が当初の目的だった」(同紙より)という。

 再生段階にあるフラッグキャリアだけでなく、航空会社が苦境に立たされているのはもはや誰しも知るところである。「コスト削減やむなし」との認識が顧客側にも広がっているのは確かだが、その中で、削減するだけでなく、「満足を高める」ことを志向する活動に意味があるのだ。

 ポイントは、従来無料だったものを有料にするにあたって、「誰に、(どこ・どのようなシーンで)どのような便益を提供するのか」をしっかりと考えたことではないだろうか。

 同社は顧客のニーズを定量的に把握している。「ANAの調査によると、お金を払ってでも自分好みのサービスを選びたい人は6〜7割いた」(同記事)という。それはどのような人だったのだろうか。

 記事では「出張客や家族客に支持されている」とある。家族客は多くは旅行目的だろう。せっかくの「ハレの日」には、特別な体験をしたい。無料提供がなくなったのは仕方がないとするなら、同じものを有償で手に入れるより、いいものが欲しいと思うのではないか。 

 出張客には、やたらと出張慣れしている人と、たまの出張の人がいる。慣れている人は、従来でも提供されるまで待つ無料飲料に期待せずに、ペットボトルを持ち込んでマイペースに飲む人も少なくなかった。なぜなら、機内で過ごすのはごく当たり前の日常、「ケの日」であるからだ。たまの出張の人にとっては、家族客と同じく機内体験は「ハレの日」だ。同じ理由で高級有償サービスがうれしい。

 エコノミー席でプレミアムクラスの食事を楽しむ。周りからの視線がちょっと気になるところだが、1800円なら駅弁と大してかわりない。500円のビールとともに食せば、ちょっとリッチな気分を味わえる。またはスターバックスのコーヒーを飲みながら、特製のデザートを楽しむ。本来なら「疲れる」ことも多い移動の時間が、「癒やし」の空間に大変身だろう。

 担当者は「コンビニと差別化するために価値ある商品を選んだ」(同記事)と語っている。自分で持ち込む以上の「価値」をしっかりと提供していることが大きなポイントであり、顧客満足につながっているのである。

 「機内」という特殊な空間とシチュエーションにおいてではあるが、従来の常識をもう一度見直し、顧客の立場で「価値」を自らに問い直して、「有償高級化」という昨今の世の流れに逆行して成功した展開。ANAに搭乗する機会があれば、一度試してみてはどうか。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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