紀州南高梅を引き出物や香典返しに!? 販売チャネルを革新せよ――勝喜梅・鈴木崇文さん(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(5/5 ページ)

» 2010年07月23日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]
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「ディスクロージャー志向」「製造物責任志向」時代の品質管理

 21世紀になってから、業種を問わず偽装事件の発覚が後を絶たない。食品関係であれば、産地偽装や消費(賞味)期限偽装が多い。こういう時代だからこそ、鈴木さんとして、あるいは勝喜梅として、あえて意識し、対応しようと心がけていることは何なのだろうか?

 「1つはやはり、どんなに会社が発展しても量産はしないということです。すなわち、自分たちが扱う梅を1個1個きちんと見られる環境を大事にするということです。そのために現在、ある実験をやっているところです。それは現在のような手作業だけでマックス月産何個作れるか、その限界を見極めているのです」

 いったん企業が発展し始めると、経営幹部は得てして、際限のない事業規模拡大への誘惑に駆られがちであるが、鈴木さんの頭の中では自社の適正規模についての冷静な判断が働いているのだろう。

 「もう1つは、トレーサビリティ(=追跡可能性)の問題です。梅には1個1個に生産者の名前が刻印されているわけではないので、実はトレーサビリティといっても非常に難しいのです。とはいえ、今後は梅干の製造・販売企業として、仕入れルートを自分たちが把握し切れているかどうかが厳しく問われてくると思います。

 私のアイデアとしては、特定の生産農家とだけ取引するようにして、なおかつその農家の梅の栽培や収穫の状況を、リアルタイムで年間を通してYouTubeなどで流したらどうだろうか、と考えています」

 それは梅干の製造・販売企業としての社会的責任を果たすというにとどまらず、梅の生産農家のモチベーションを著しく高める効果ももたらすのではないだろうか?

 以前、本連載で「みやじ豚」を経営する養豚業者・宮治勇輔さん(1978年生まれ)を取材させていただいた。宮治さんは「生産者がせっかく愛情をこめて育てても、出荷後はほかの生産農家の肉と一緒にされて、最終的にどこの誰にどういう風に食べられているのか分からず、生活者の声を聞くこともできない」という日本の農業の実情を問題視していた。それは生活者側も同様で、どこの誰が、どういう環境や方法で飼育したか分からない肉を食べざるをえない状況に置かれてきた。

 それを踏まえて宮治さんは、「生産者と生活者のお互いの顔が見える農業経営」実現をうたって数々の施策に取り組み、今や業界の革命児として注目されている。私が思うに、梅干の製造・販売企業の常務取締役として鈴木さんが構想しているのは、宮治さんの取り組みと同様の、生産者と生活者の間の安心と信頼の仕組みを自ら構築することではないだろうか? それは紀州南高梅全体のブランド力を高めることにもなる重要なアイデアであると私には思われる。

紀州南高梅ブランドの将来をどう考えるか?

 「まさにその通りなんですよ。はっきり言って、紀州南高梅のブランド力は次第に低下してきています。『そのブランドの上にいつまでもあぐらをかいていたら大変なことになる』と私は危機感を募らせています。積極的に手を打っていかないと……」

 かつては地方の1ブランドに過ぎなかった紀州南高梅も、今ではすっかりメジャーなブランドへと成長してきている。それ自体はすばらしいことだ。しかし、有名になったことで、そのクオリティに関しては玉石混交になったことは否めない。和歌山県産でない梅干でも紀州南高梅を名乗るものは少なくないと聞くし、和歌山県産であっても、売れ筋になっているのは「特A」クラスではなく、「B」クラスや「C」クラス、あるいはそれ以下の「その他」クラスの商品なのである。

 大手ネット通販会社で特に人気が高いのが、「その他」に属する「つぶれ梅干」の類である。これは、ブランド牛肉の「切り落とし」やブランド明太子の「切れ子」が人気を呼んでいるのと同じ現象だ。すなわち、自宅消費用としては高価な商品はとても買えないが、それでもその高級な味の一端に触れたいという素朴で切実な庶民感情に由来する現象である。

 しかし、そういうクラスの商品ばかりが生活者に広がり、本来のすばらしさが等身大で伝わらないのでは、ブランドの真価を伝えたことにはならない。

 「これは私の個人的な意見で、それに対してはさまざまな反応が存在するのですが、次のように考えています。

 すなわち、全体の40%に当たる『A』クラス以上のものだけを『紀州南高梅』と呼び、『B』『C』クラス以下のものは『紀州梅』と呼ぶようにして区別したらどうだろうかと(「サイズ・等級表示」実寸大図表参照)。分かりやすく言えば、ジョルジョ・アルマーニとエンポリオ・アルマーニの違いみたいなものですね」

 和歌山県産の梅は、江戸時代以来、長く「紀州梅」として親しまれてきた歴史を持つ。そして、戦後になって、その中の最優良品種に南高梅の名称が与えられたのである。そうした歴史的な経緯を踏まえるならば、「特A」や「A」クラスだけを「南高梅」と呼ぶようにしようという鈴木さんの提案は、一本筋の通った論と言えよう。

 紀州南高梅の将来に向けて、鈴木さんの夢は広がっていく。「紀州南高梅の世界に、グリーンツーリズムを導入したいですね」とも語る。都会に住むビジネスパーソンたちが、生産農家に宿泊して梅作りを体験し、さらには勝喜梅で梅干作りを体験し、自分の思いのこもった梅干を手にすることができるとすればすばらしいことだろう。ワインなどいくつかの分野ではすでに存在する手法であるが、梅干にあっても納得であろう。

 勝喜梅の経営革新の立役者が次に目指すのは、紀州南高梅の業界革新なのかもしれない。鈴木さんの今後の活躍と勝喜梅のさらなる躍進、そして紀州南高梅の正しい発展を願いたいものである。

嶋田淑之(しまだ ひでゆき)

1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」「43の図表でわかる戦略経営」「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。


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