「Twitterは中国に100%自由な言論空間を与えた」――トップツイーター安替氏の視点(6/7 ページ)

» 2010年10月26日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

日本の情報を中国語で提供してほしい

 日本ではそれほど知られていない、中国の先進ネットユーザーの動きを紹介した安替氏。1時間ほどの講演後、中国ネットユーザーのあり方や各地で発生している反日デモなどについてのさまざまな質問が、司会や会場から投げかけられた。

――中国のインターネットでは、警察に圧力をかけて政治犯を釈放させたり、汚職をあばいたりということがたくさん報告されていて、インターネットによる民主化の例と言われるのですが、ハガキを送ったり、募金をしたりした人はどういう動機から参加しているのでしょうか?

安替 これを説明する時には、やはり先ほどの草泥馬の精神に戻るわけです。僕らが政府ににらまれるような反体制人間にならなくても、ある人たちに注目を与えることでそういう人たちを支援できる、というチャンスをインターネットは与えてくれました。

 Twitterが現状を変えるためになぜ大きな影響力を持てるのかというと、プロパガンダの入り口を変えられるからです。なぜなら共産党の統治は、まず彼らのプロパガンダで成り立っているからです。

 例えば、汚職関係の悪い噂が流れてくると、政府はそれを隠そうとして、たくさんプロパガンダを行うわけです。しかし、そこでインターネットユーザーがTwitterなどで、その汚職やみっともないことをした政府関係者を笑ったりすることで、多くの人たちがその事実を知ることになる。そうなると、ごまかすために政府が手間やお金、時間を多くかけなくてはならないわけです。そうなると、政府もさすがに「やってられない」となります。噂を隠すためにかかるコストを考えた上で、「こいつはダメだ、使えねえ」と思って切る判断が下されるわけです。これまで政府が作り上げてきたプロパガンダの形を壊すための間口を僕らは今握り始めているということだと思います。

 また、僕個人は共産党の中心人物である温家宝総理を非常に尊敬しています。彼は四川大地震の時に現地にすぐ飛んで、視察する姿を見せたことによって、多くの人たちがその姿に感動し、希望を見出しました。

 ただ、そういった彼のやり方が一部の中国人から、“影帝”と揶揄(やゆ)されるようになったんです。中国の映画界やテレビ界で主演男優賞をとった男性俳優を影帝と呼ぶのですが、つまり「温家宝総理は主演男優賞をとるような立派な俳優さんだね」と揶揄されたわけです。

 つい最近、習近平さんが軍事委員会の副主席になりました。その時、中国のWebメディアでは、それに対してのネガティブな発言が一切できないようにコントロールされていました。そんな中、ネットポータルの「ネットイーズ」で読者に最も支持された、それに対するコメントがありました。そのコメントというのは「永遠健康」という4文字でした。

ネットイーズ

 これがなぜウケるのかというと、1970年代に中国で吹き荒れた文化大革命の時代にさかのぼります。文化大革命の時、毛沢東に向けて呼びかける言葉として、昔の皇帝時代に皇帝に向けて臣下が言っていた「長生きしてください」という意味の4文字「万寿無疆」が使われていました。そして、ナンバー2だった林彪に向けては「永遠健康」という言葉が使われていたのです。

 林彪は当時、毛沢東の後継者になろうとしていたので、むやみやたらに毛沢東を持ち上げたんです。それで林彪は、下々の者に食事をする時や学校に行く時などに必ず、毛沢東を称える言葉を唱えさせたのです。だから、今回の習近平さんの軍事委員会副主席就任について「ナンバー2である習近平さんが次の座を狙っているんだね。文革の時代から変わっていないんだね」ということを暗に意味させるように、林彪と重ね合わせる「永遠健康」という言葉で揶揄したわけです。

 このことが示すのは、ネットイーズのそのページにあった「永遠健康」というコメントに対して、賛成のクリックをすることで、意見を表明することができたということです。つまり、インターネット時代というのは、自分が何かを仕掛けるわけではなくても、ある何かに自分の意見や同意を示すことによって、意図を反映させられるということです。そうして、「永遠健康」のコメントへの賛成数がものすごく伸びたということで、そこに人々の気持ちが表されました。

――政治への直接参加を求める大衆的な動きと統治者層とが、選挙を経ないでくっついてしまうということは良いことなのでしょうか? 例えばマクロ経済や外交の話まで、インターネットの民意に影響されることは必ずしも良いことではないかもしれません。Twitterに代表されるインターネットの社会運動はどこまで影響力を持つべきだとお考えですか?

安替 お話の前提にあるインターネットのイメージは、多分日本のインターネットのイメージだと思うんですね。中国のインターネットは初めての100%自由な発言空間であるところに特徴があるのですが、これは日本の方の感覚とはかなり違っているんじゃないかなという気がします。

 言論の自由とはいっても、実際には中国国内でアクセスできるインターネットの空間にはまだ制限があるのですが、それでもそれ以前に個人がアクセスできた空間よりはずっと広いわけです。中国において、特に国内で普通にアクセスできるWebサイトではとても民族主義的な発言が存在していますし、そうしたものを日ごろから発言することを趣味にしている人もいます。

 質問にあったようなインターネットの民意というのは非常に極端な意見を指していると思うのですが、僕が言うインターネットの発言空間でなされている意見というのはそういった極端な意見ではないんです。もちろん、例えば反日問題に関するインターネット上の発言には民族主義的な傾向もあり、それが政府に影響したということがある点は認めます。

 ただ、中国のインターネットの特徴として理解してほしいのは、中国のインターネットにおけるオピニオンリーダーたちはメディア界のトップジャーナリストや、学術界のすぐれた人たちだということです。プロフェッショナルとしての意識、エリートとしての学術性をもって、インターネット上での討論をコントロールしているのです。

 先ほど米国大使館のことに触れましたが、中国にある欧州の大使館でもほとんど毎月、ブロガーたちと懇談する機会を持っています。なぜ彼らがそうするかというと、インターネットのオピニオンリーダーたちが中国国内の言論空間の方向性を変える能力を持っていると見ているからです。

 しかし、中国において最も民族主義的な意識で左右されがちな日中関係において、日本の外交関係者がこういった人たちを重視しているようには、今のところ僕はまったく思えません。だから、事件が起こって大騒ぎになった時に、日本側はインターネットで交わされる言葉をうまくコントロールできないという状況になっています。

 1つ例を挙げると、童話作家の鄭淵潔さんは欧州の情報に通じていて、いつも自由主義的な立場から発言しているのですが、この人ですら日中関係になると民族主義的な立場に立ちます。なぜかというと、鄭さんは完全にある傾向に偏った資料しか手にできていないからです。つまり、そういう面で日本の外交関係者が有効な情報を流しているとは全然思えないわけです。この辺はやはり日本の外交関係者がきちんと考えて反省して、今後方法を考えていくべきではないかと思います。

 2000年に韓国メディアは自分たちの記事をすべて中国語に翻訳するサービスを始めました。その結果何が起こったかというと、中国のメディアや一般の人々はそれまで北朝鮮の情報を直接北朝鮮から得ていたのですが、韓国メディアの中国語版から得るようになったのです。その結果、10年経った今、中国国内における北朝鮮に対する報道や視点は、完全に韓国メディア側の視点でコントロールされています。

 日本についてはどうかというと、日本側の情報として中国版を提供しているメディアは今のところ、共同通信の「共同網」だけです。(日本に関して)何かあれば共同網で資料を探すわけですが、共同網にない資料はまったく私たちの手に入らなくて、その穴を埋めてくれるのは中国側が準備した民族主義的な資料しかないわけです。

 ですから、日本の外交関係者やメディアは中国のインターネットユーザーに注目していないので、いざとなった時に中国のインターネットユーザーに「日本のために何か言ってほしい」と思っても不可能な話です。なので、僕は今後、日本のメディアの方々はもっと中国語による情報発信をしていただいて、中国人に日本人が何を考えているのかを伝える努力をしていただきたいと思います。そしてもう1つ、日本の駐中国大使にはもっと中国のネットユーザーと交流する機会を作っていただきたい。それは非常に重要なことだと僕は思いますし、期待しています。

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