西川産業の若き社長は、創業444年の老舗をどう率いているのか嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(3/5 ページ)

» 2010年12月17日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

日本のおもてなしの心は「ウォンツの掘り起こし」にある

 西川さんのお話をお聞きしていると、世の中の顕在化した欲求(ニーズ)に即応すると同時に、生活者1人1人が抱く、漠然とした、まだ自分で明確に言語化できていない潜在欲求(ウォンツ)を掘り起こしているように見えるが……。

 「日本の伝統文化を考えると明らかだと思いますが、日本人のおもてなしの心というのは、お客さまから要求されたものを提供することだけではないと私は思うのです。むしろ、お客さまの状況を察して、『こんなことをすれば喜んでいただけるのではないか』と思えることを、お客さまが気付く前に、さりげなく行うことだと思います」

 ニーズ即応にとどまらない、自社のシーズを顧客のウォンツに訴求する姿勢であろう。そして、それを可能にしているのが、日本睡眠科学研究所におけるシーズの蓄積ということになる。

 とはいえ、それは「言うは易く、行うは難し」だ。営業サイドは市場ニーズに敏感に反応しようとする一方、研究所サイドはシーズ先行で発想するから、両者の間には厳しいせめぎ合いが生じやすい。

 「そういう場合に議論のベースになっているのが、実は経営理念群(社是や企業理念など)なのです。社員全員が経営理念群の書かれたカードを日々持っていて、打ち合わせや会議などでも、例えば『営業サイドや研究サイドの主張する内容は、社是や企業理念に照らして適切と言えるか』といったことが議論されるのです」

経営理念群が書かれたカード

経営理念群を日々の業務に生かす効果的な方法

 西川産業の経営理念群は、「社是」「企業理念」「求める人材像」「自律(自主・自発・自立)のための5つの法則」から成り立っているが、まず「社是」と「企業理念」を紹介しよう。

社是

「誠実」「親切」「共栄」


企業理念

 西川産業は、新しさのある価値の高い商品を通じて、一人でも多くのエンドユーザーにホームファッションを核とした優れた住文化、より良い睡眠環境、健康で快適な生活、くつろぎ・やすらぎの空間を協力して積極的に開発・提案し、広く社会に貢献することを使命とする。

 「誠実」「親切」「共栄」

1.社会に対して誠実か、社会に対して親切か、社会との共栄意識があるか。「社会への貢献を認識して、世界的な基準や手法を取り入れ、プロとしての誇りを持とう」

2.消費者に対して誠実か、消費者に対して親切か、消費者との共栄意識があるか。「エンドユーザー第一主義を認識して、会社の論理を捨て、エンドユーザーの笑顔のために働こう」

3.お取引先に対して誠実か、お取引先に対して親切か、お取引先との共栄意識があるか。「お取引先との相互発展を認識して、双方の役割と責任を明確にした提案中心の営業活動をしよう」

4.社内に対して誠実か、社内に対して親切か、社内との共栄意識があるか。「社内協力の重要性を認識して、気さくで真面目な話し合いとルールが基盤となった透明でオープンな社風を作り上げよう」


 現代企業の社会的責任の対象は、非上場企業であれば「顧客」「従業員」「取引先」「(地域)社会」だが、西川産業はこの4者に対する自社のあるべき姿勢を、「企業理念」で明確化しているのである(ちなみに西川産業は非上場)。

 そしてその内容は、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人伝統の「三方よし」を、現代の経営環境の中でどのようにしたら具現化できるかを示したものであるとも言えよう。

 「例えば市場動向から見て、短期間しか使えないが、とにかく低価格の商品が売れそうだという話が出てきた場合、この『社是』や『企業理念』の各項目に照らして、そのような商品を提供することが弊社として適切かどうかが議論されるわけです」

 誠実、親切、共栄というキーワードは、普通名詞として分かりやすい言葉だと思うが、それだけにそれを使う人によって、受け止め方や定義の仕方に微妙な差異が生じ、企業活動でブレを生じさせる原因にもなるのではないだろうか?

 「細かく定義付けるようなことはしません。微に入り細にわたって規定しても、そこに書かれたことだけやっていれば良いという考え方にもなりかねませんし、千変万化する環境変化への対応が逆に難しくなります。

 むしろ多少のあいまいさを残しつつも、ケーススタディ的に何か象徴的な事例を示して、それに関して経営理念群に照らして、自社だったらどのように対応すべきかを明らかにしていく方が良いと考えています。

 弊社では毎月1回行われる朝礼で、世間を騒がせた偽装問題などの社会的なトピックを取り上げて、そうした企業行動が社会、消費者、お取引先、社内に対して、誠実、親切、共栄と言えるかどうかを私から話すようにしています。経営理念群を、個々の社員が体現できるようにするためには、成文法よりも慣習法の考え方の方が良いと私は思います」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.