インタビュー
» 2011年02月25日 08時00分 公開

ギネス認定! 世界最古の宿が人気である理由――――西山温泉慶雲館52代当主・深澤雄二氏(後編)嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(4/6 ページ)

[嶋田淑之,Business Media 誠]

仲居は20代が中心

 かつて山奥の温泉宿の仲居というと、年輩の苦労人というのが相場だったし、今でも多くの宿ではそうであろう。しかし、慶雲館はそんな常識を見事に覆してくれる。客室担当の13人の仲居たちのうち、9人が20代の女性なのである。仲居頭でも33歳というから、その若さに驚かされる(ちなみに、慶雲館のスタッフ43人中の23人が20代)。私と編集H氏の部屋を担当してくださった東郷友紀さんも、そんな若い仲居の1人だ。

仲居の東郷友紀さん

 「私は鹿児島市で生まれ育ち、学校を出た後はキャナルシティ博多(福岡市のトレンドスポット、1996年開業の大型複合商業施設)で働いていたんです。ここ慶雲館には最初、派遣社員として来て、それから社員になりました。でも、まだここに来て半年なんです。鹿児島や福岡出身のお客さまがいらっしゃると、私もつい方言が出たりして、盛り上がってしまいます」と屈託なく笑う。

  南アルプスの奥深く、秘境の温泉宿が、このような都会的な若い女性たちの明るい活力に支えられていると想像できる人が果たしているだろうか? 東郷さんのほかにも、スタッフは日本全国から集まっているという。

 正直言って、この意外性に満ちた展開に私は驚いた。しかも、そんなに若く仲居歴の短い女性でありながら、仕事ぶりは誠実、かつ真心に満ちたものである。その根底には、慶雲館への愛情や誇りがあるように感じられた。「次回も東郷さんにお願いしたい」とお客さまが思うのもうなずける。

 深澤さんは言う。

 「仲居といえば、昔は人生の苦労を重ねた味のあるベテランたちで、今でもそれを好むお客さまもいらっしゃいますが、当館の場合は若い力が活躍しています。気質も昔とは異なり、からっと明るいのが特徴です。『海外留学したいので、そのための資金を貯めたいから』とか、割と前向きな目的志向の子も多いですね」

 固定客化のためには、顧客情報の蓄積やその有効活用が必須だと思うが、その点はどうなのだろうか?

 「多くの旅館では、お客さま到着時のごあいさつや説明、夕食のお世話、布団を敷く、布団を上げる、朝食のお世話などを別々の仲居がやっていたりしますが、当館の場合は基本的に1つの客室を1人の仲居がすべて担当するシステムになっています。そして、個々のお客さまの細かい食の好みや浴衣のサイズ、室内でのご様子などをメモし、データベース化して、次回以降のご来館時に生かすようにしています。そして、お帰りになられたら、すぐに直筆のお礼状を出すのも当館の特徴です。

 また、お客さまにはアンケートにご協力いただいています。戻ってきたアンケートはタイムカードをつける場所に置いているのですが、毎日、仲居たちはむさぼるように読んでいますよ(笑)。自分の名前はないか探し、名前があって、そこに感謝の言葉が書かれていたりすると大喜びです。もちろん、このアンケートに書かれた内容をみんなで共有化して次に生かしています。

 仕事というのは、楽しいと思ってしないと1時間が2時間にも感じられます。お客さまに『ありがとう! また来るよ!』と言ってもらうのを喜びにしなさい、と指導しています」

慶雲館のアンケート(クリックで拡大)

旅館の聖域、板場も経営に参画

 前編から読んでいただいている読者の方々、中でも温泉通の方にとって、この慶雲館でのインタビュー風景はきっと意外に思われるに違いない。それは、社長や総務部長、さらには仲居と一緒に、料理長がごく自然に参加しているからだ。

深澤さんと一緒にインタビューに答える、佐藤料理長

 板場(厨房)といえば、昔から旅館の聖域とされ、一種の“治外法権”のようになっていて、女将や社長でもうかつな口出しはできなかったし、今でもそうした空気感は多くの宿に残っている。ところが、慶雲館には板場と他部門の間に壁が存在しないのである。そして、そのことが慶雲館の大きな強みになっている。

 特定のセクションが聖域になっているという事例は、ほかの業種でもしばしば見出されることであるが、それを取り払って組織の風通しを良くするなどということが慶雲館ではなぜ可能になったのだろうか? それに対する深澤さんの答えは明快だ。

 「料理の世界には、隠れた名職人が大勢います。そうした人を社員ではなく顧問という形でお呼びして、板場の指導をしてもらうようにしました。だいたい1年、長くて2年もすれば、そういう人は力を出し切ってしまいますから、そうしたらまた別の人を顧問にし、指導してもらう。それを繰り返したのです。佐藤料理長は料理の世界に入ってすぐに当館に来て、ほとんどの時期を当館で過ごし、そうした顧問たちの下で修行を重ね、今日に至ったということです」

 要するに、板場に関しては大ボスを置かず、当時まだ経験のなかった、いまだ色の付いていなかった佐藤さんを、外部スタッフ(顧問)たちの指導を通じて、深澤さんが料理長へと育て上げていったということだ。

 「そんな経緯もあってか、板場の協力が得られているんですよ。メニュー構成をどうしたら良いか、Webサイトでの料理の見せ方をどうしたらよいか、など自分から積極的に提案してきます」

 板場との壁がなくなったことで館内の空気が変わったというべきか、慶雲館では板場、業務、ルーム、総務など各部門の幹部10人ほどで円卓会議を定期開催して、各部門の情報を共有化しつつ、全体最適が実現できるようにした。「全員が営業マン」という戦略とともに、慶雲館が温泉旅館には珍しい全員参画型経営を推進していることがうかがえる。

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