ソーシャルビジネスからエヴァの缶詰まで、広がる“おいしい”保存食の活躍(後編)嶋田淑之の「リーダーは眠らない」(4/5 ページ)

» 2011年07月22日 08時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

ハイチ大地震でも現地支援を陣頭指揮

 2010年1月、秋元さんが大手運送会社と上記の詰めの交渉をしていた時、中米ハイチで大地震が発生した。死者は23万人に達し、衛生状態の悪さから現地ではコレラが流行。さらに治安の悪化で略奪や誘拐、レイプが横行した。

 こうした苛酷な現地情勢を踏まえつつ、秋元さんはハイチへ向かうことを決意する。

 「ハイチには回収したパンの缶詰を3万缶持っていこうとしたのですが、日本政府からは輸送を拒否されました。例によって『前例がないから』という理由です(笑)。そこで、ここでも人脈を活用して代議士ルートで局面打開を図ったところ、条件付でOKが出ました。

 ところが、その条件たるや実施不可能な内容ばかりで、と言いますか、我々にハイチ支援をやらせないために、そうした無理難題をわざわざ考え出したという感じでした。

 日本政府は話にならないということで、私としても奥の手を使って結局FedExで運ぶことにしました。もちろんFedExにとってのメリットをしっかり創出し、それをアピールした結果ですけどね(笑)」

 人口の多くが貧困層とされるハイチにおいて、被災して心身ともに疲れ果て、着衣も汚れた現地の子どもたちが、パン・アキモトのパンの缶詰をむさぼるようにして食べる姿が報道されたのは、それからほどなくしてのことだった。

 子どもたちは目を輝かせ、満面の笑みを浮かべて言った。

 「こんなにおいしいパンを食べたのは生まれて初めて!」

救缶鳥プロジェクトの缶詰

社長引退後の展望は

 それから1年2カ月、東日本大震災が発生した。震災発生時から現在に至るまでの秋元さんとパン・アキモトの動きについては前編で詳述した。震災直後の混乱と繁忙が少しずつ落ち着いてきた今、秋元さんは自分自身とパン・アキモトとを新しいステージへと導こうとしているようだ。

 秋元さんは2男2女と子宝に恵まれ、2人の子息はともにパン・アキモトで働いている。

 「我が家には4人の子どもがいますが、パンの缶詰は5番目の子どもだと思っています。その5番目の子どもの世話を遠からず2人の息子たちに任せようかと思っているんですよ」

 一瞬耳を疑った私は、慎重に確認してみた。それは事業承継ということだろうか?

 「そういうことです。私があまりやり過ぎると、息子たちにプレッシャーになってしまいますから……」

 そう言って相好を崩す秋元さんだが、まだ58歳の若さである。秋元さん自身は今後、どういう立場でどのような活動をするつもりだろうか?

 「私自身はパン・アキモトの経営の第一線を退いたら、地域の防災備蓄と社会貢献を目的とした新しいNPO法人の運営に携わる予定です」

 その具体的な内容は。

 「そのNPOでは企業から寄付金を募り、そのお金でパン・アキモトの缶詰を購入します。そして、寄付してくれた企業のマークを缶に貼り、その企業に備蓄してもらいます。そして企業の事業所所在地で災害が発生した場合には、この備蓄分を使ってもらいます。また、ほかの地方で大きな災害が発生した場合には、備蓄分の2分の1を放出してもらい被災地に届けます。

 幸いにしてそうした災害が発生しなかった場合には2年後に再度寄付の呼びかけをして、応じてくれた場合には新しいパンの缶詰を購入し、また備蓄してもらいます。そして古い缶詰は回収して、世界各国の飢餓地帯や被災地で苦しんでいる人々のところへと届けます。

 寄付企業にとっては、自社の災害用備蓄ができると同時に国際貢献にもなり、しかも自社のマークを貼った缶詰が世界各国へと送られるわけですから、大きな宣伝効果も期待できるわけです。こうした寄付は、全国の企業から募る予定です。

 また、このNPO法人で扱う商品はパンの缶詰だけではありません。現在の構想では、地元の那須塩原にある私の仲間の会社で扱っているふとんや毛布、水なども含める方向で考えていますし、品揃えは順次拡大していく予定です」

 事業承継とはいえ“完全撤退”ではなく、パン・アキモトの現場のかじ取りを2人の息子さんに任せつつ、秋元さん自身は外から支援する体制を取るということだ。

 秋元さんはこれからの日本の災害備蓄や災害支援、さらには海外の災害支援のあり方について独自の見解を示す。

 「私は最近、中央官庁のトップに対して提言しているのですが、エコポイントならぬ“ソーシャルポイント”を創設してはどうだろうかと考えています。それを実現すれば国民による非常食などの備蓄率が高まり、その分、国家の備蓄費用は低減します。そして2年経過した備蓄品が海外の支援に使われれば、莫大な国際貢献になるわけです」

 それに対する官庁側の第一声が「前例がないので……」であることは容易に察しがつく話であるが、東日本大震災という未曾有の大災厄を経験した日本国として、その犠牲を無駄にしないためにも、今こそ新しい第1歩を踏み出してもよいのではないだろうか?

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