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» 2011年09月16日 08時00分 公開

「常に自分は正しく、相手が悪い」が招く結末とは吉田典史の時事日想(2/2 ページ)

[吉田典史,Business Media 誠]
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自分に極端に甘く、他人に極端に厳しい

 ここで思い起こしたことがある。それは会社員のころに横に座っていた、当時20代後半の女性だった。とりあえず、Cさんとしよう。この女性も上司や会社を批判し続けた。彼女は異動でそこの部署に来た。その時、私は上司から「Cさんは前の部署の3人の先輩女性に逆らい、追い出された」と話した。

 仕事を始めると、上司の指摘は正しかった。誰に何を話すのでなく、1人でめちゃくちゃに仕事を進める。例えば、上司の了解を取った上で取引先にお金の額を提示すべきなのだが、それをしない。挙げ句にその取引先と摩擦を起こす。本人いわく、会議の場で「(誰にも指示などを)言われたくない」と明言する。

 ここまでのトラブルメーカーでありながら、上司や会社を批判した。Cさんはそれまでに私が見た20代の社員の中で、職務遂行能力が一番低かった。会議の議事録すら、きちんと書けなかった。Cさんは労働組合の組合員であり、その場では生き生きしていた。前述の、AさんやBさんが夫やクライアントのことを批判する時の表情と同じだった。

 あるいは、数年前、専門学校で30代前半までくらいの社会人を相手に教えたことがあるが、その時、20代後半で会社のあり方を非難する女性がいた。彼女はDさんとする。さらにそこには、30代前半の男性で勤務先の会社を批判し続け、職を転々とする人がいた。その時は無職だった。彼はEさんとする。

 DさんもEさんも、会社や上司をなじる。私はそれを見ていて自分の20代のころに近い気がした。言いたいことは分かるような気もしないでもなかったが、気の毒に見えた。2人とも仕事をする力は、同世代のきちんとした会社員に比べ、著しく低かった。2人からのメールを読む時に、その意味が理解できない。送られるたびに、それを見るのが億劫だった。

 ここまで紹介した5人の共通項は自分に極端に甘く、他人に極端に厳しいこと。特定の職業の世界に行くのもよし、労働組合活動にいそしむのもよし、専門学校に通い、会社を批判するのもよし。ただ、今の家族や勤務する職場、与えられた仕事を否定している限り、人生は上手くいかない。

 目の前の現実から逃げると、それが形を変えてどこかのタイミングで襲い掛かる。その現実を作ったのは、その人の意識でしかない。意識を変えない限り、人は不幸から抜け出せない。この人たちは、そのことを見失っているのではないだろうか。

 最後に、私の知人の言葉を考えたい。「『もっと自分は幸福になってしかるべき』と思い込む。だけど、いつまでも幸福にはなれない。その理由は自分にある。自分を変えない限り、幸福にはなれない。ところが、それを認めない」

 私は30代前半までくらいまでは、この言葉の意味が分からなかった。いまは、痛いほど身に染みる。

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