日本のコンテンツは普及しているのか――答えはWikipediaで遠藤諭の「コンテンツ消費とデジタル」論(1/3 ページ)

» 2011年11月09日 08時46分 公開
[遠藤諭,アスキー総合研究所]
アスキー総研

「遠藤諭の『コンテンツ消費とデジタル』論」とは?

 アスキー総合研究所所長の遠藤諭氏が、コンテンツ消費とデジタルについてお届けします。本やディスクなど、中身とパッケージが不可分の時代と異なり、ネット時代にはコンテンツは物理的な重さを持たない「0(ゼロ)グラム」なのです。

 本記事は、アスキー総合研究所の所長コラム「0(ゼロ)グラムへようこそ」に2011年7月20日に掲載されたコラムを、加筆修正したものです。遠藤氏の最新コラムはアスキー総合研究所で読むことができます。


 Wikipediaは、ご存じのように利用者によって作られるネット上の百科事典である。これの便利なところは、1つの単語や事柄に対して各言語のページが作られていて、その意味や捉えられかたについて、各国・各地域での違いが分かることだ。画面の袖にある「他の言語」をクリックするだけなので、少なくともその言語のページを閲覧することはできる。

 例えば、「バズワード」という言葉をIT業界の人たちはよく使うが、日本語の「バズワード」と英語の「buzzword」ではまるで意味が違っていることが分かる。Wikipedia日本語版では、「ゲーム脳」、「Web 2.0」、「クラウドコンピューティング」、「ロングテール」など、具体的に説明できる例が挙げられているが、英語版では、「Going Forward」、「Leverage」、「Next Generation」、「Paradigm shift」、「Incentivize」など、抽象的な単語ばかりだ。

 共通して挙げられているのは「ロングテール」(Long Tail)くらいのものだが、これは、もともとクリス・アンダーソンが指摘した(命名者はNetflix社長のReed Hastings氏だと言われる)ちゃんと説明可能な単語だったはずである。それが、いつの間にか抽象的なイメージで使われるようになり、めでたくbuzzword殿堂入りを果たしたのだろう(日本では「マネタイズ」あたりが、そろそろこの領域かもしれない)。

 このWikipediaの他言語版だが、日本語や日本の事柄についての解説があるということは、その言語を使っている人たちに対して、説明に足る価値が生じているのだといえる。単純にある単語がその地域に広がっているか否かに関しては、検索数やリンク数、ウェブマーケティング的なツールのほうが調べられるだろう。だが、Wikipediaに項目があるということは、語句が咀嚼(そしゃく)されて、その言語の一部として同化していることを表している。そういう特別な意味が、Wikipedia各言語版にはあると思う。

       1|2|3 次のページへ

Copyright© ASCII MEDIA WORKS. All rights reserved.