抽象的な“一”をつかめば、十にも百にも応用できる(2/4 ページ)

» 2011年11月22日 08時00分 公開
[村山昇,INSIGHT NOW!]
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定義化でつかんだ本質の度合いに応じて実行手段が決まる

 「事業とは何か」を定義することに唯一無二の正解値はない。しかし、定義するにあたってどれだけ抽象的に考え、どれだけ事業の本質に迫っていったかは重要なポイントになる。なぜなら、その定義でつかんだ本質の度合いに応じて、実際の事業の実行手段や仕事のやり方が決まってしまうからである。

 例えば、「事業とは利益獲得活動である」と定義した人は、そこから実行手段を考える時、どうなるか。「利益=売上−コスト」なのだから、自分たちの事業にとってやるべきは「売上増大」か「コスト削減」であると考える。さらに「売上増大は、販売量アップか販売単価アップ、販売回転率アップ」なのだから、その策を練ろうということになる。また「コスト削減は、原材料費で削ろうか、販売費で削ろうか、人件費で削ろうか」などといった発想に落ちていく。

 この考え自体は誤りではない。むしろ事業を行う上での正攻法である。しかし、そこから出てくる策は独創性の面で凡庸なものに留まる可能性は高い。その定義には、独創性を生む抽象的な“にじみ”が少ないからである。では、その抽象的な“にじみ”というのは何を生むのか、次の事例で考えたい。

伝説のサービスは抽象的な思考から生まれた

 2011年3月に起こった東日本大震災、東京ディズニーランドはこの時、1つの伝説を生んだ。同年5月16日付の『日経ビジネスオンライン』は『3.11もブレなかった東京ディズニーランドの優先順位』と題した記事で次のように伝えている―――「アルバイト歴5年のキャストHさんは、当日のことを思い出す。『(店舗で販売用に置いていたぬいぐるみの)ダッフィーを持ち出して、お客様に“これで頭を守ってください”と言ってお渡ししました』。彼女は会社から、お客様の安全確保のためには、園内の使えるものは何でも使ってよいと聞いていた。そこで、ぬいぐるみを防災ずきん代わりにしようと考えたという」。

 これは従業員個人のとっさの判断と行動だ。こうした見事な事例は果たして偶然の産物だろうか。いや、私は必然の結果だと思う。何による必然かといえば、従業員に対し普段から抽象的に仕事・事業を考える力を育んでいた企業文化の必然だと言いたい。

 つまり、東京ディズニーランドにとって事業とは、「“夢と魔法の王国”にふさわしい顧客満足を創出すること」である。この事業定義は抽象度が高い。にじみやぼかしがある。しかしこのあいまいな部分を1人1人の従業員が理解を深め、理念的なものとして組織全体で共有する時、各々の従業員は柔軟な解釈をもって具体的な行動に落とすことができる。だからこそ、あのような文字どおり劇的なサービス行為が生まれたのだ。

 日々、想定不能な出来事が起こる接客現場にあって、顧客満足を創出するための具体的行動をマニュアルで網羅することはとうていできない。できたとしても賢いやり方ではない。一番のやり方は、顧客サービスの本質を抽象的に考えられる従業員を増やすことだ。優れて抽象的に考えることは、優れて具体的な行動に結びつくからだ。

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