どんな人生を送りたいか? ロールモデルは自分で作る(1/3 ページ)

» 2011年12月27日 08時00分 公開
[寺西隆行,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:寺西隆行(てらにし・たかゆき)

株式会社Z会教材編集部理科課長(兼小学生コース教材担当)。幼児から大学生・若手社会人の教育に携わるZ会で、理科の教材編集に携わる社員のマネジメントと、小学生向け商材の開発担当を担う。前任はWeb広告宣伝・広報・マーケティングなどを担当。


 先日、ソフトカルチャーの酒井英禎社長のブログエントリ「新しい40代」を、技術評論社の友人が紹介してくれました。

 そこで述べられている「ロールモデルは自分で作んなきゃね」という主張には、極めて同意です。このエントリを題材にして、いくつかロールモデルについてしたためてみたいと思います。

大人は誰しも、子どもたちのロールモデルになりうる

 エントリにはこうあります。

多くの人たちにとって、第一のロールモデルは自分の親だろう。私の父親はごく平凡なサラリーマンだった。働き者だったが、生活は単調そのもの。一日の激務にクタクタになって帰宅するとテレビをつけて漫然と眺めるだけの日々。サラリーマンというライフスタイルに憎悪を募らせるきっかけになったのは父のそんな生活を見たからだった。

 上記の通り、親の生き方はそのまま子どもに影響します。僕もご多分に漏れず、父に影響されています。親という立場ではない人であっても、ほんのちょっと子どもたちと道ですれ違った時の言動に、子どもたちは左右されています。

 横断歩道でお年寄りの手を引いている大人と、お年寄りのにこやかな顔を見ると「ああ、いいなあ、あんな大人になりたいなあ」と思うものですし、たばこのポイ捨てを近くにされると「ああいう大人にはなりたくない」と思うもの。だから、誰だって、ちょっとしたモデルになっているんです。

 社会において大切なのは、「輝いている大人」が「残念な大人」をはるかに上回っていることなんだと思います。すると、どこかで、「輝いている大人」の「飛びぬけて輝いた姿勢」に、子どもは必ず出会う機会ができて、「残念な大人」を見た時、「ああはなりたくない」と思うわけですから。人は本質的に幸せを希求しているはずですから、「そうなれる」という具体化が心の中で行われた瞬間、なれる方向に向かってしっかり努力できると思うのです。

 だから、僕自身、辛いことがあっても、自身に内包し、子ども世代には「素敵な大人」であり続けたい。作り笑いをするというのではなく、困難な時には、逃げず、甘えず、闘っている自分でいたい。そして、自分を通じて、「素敵な大人」に出会える機会を社会に生みだしたいので、自分の周りを「素敵な大人」だらけにし、信頼できる人同士で手をつなぎ、社会全体に影響させていきたい、と思うのです。「残念な大人」は社会においてイレギュラー中のイレギュラーなんだよ、と子どもたちに分かってもらうために。

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