公務員が、市長に「死ね!」というメールを送るワケちきりん×中田宏、政治家を殺したのは誰か(4)(3/4 ページ)

» 2012年01月17日 08時02分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

中田:それは「全体と個」がつながっていないからです。組織の発展と自分の発展というものが、民間企業ではつながっているんですよ。会社で働く人は、売り上げというものが条件付けられている。組織の中で生きていく、自分の可能性を広げるためにもその組織の可能性を広げなければいけない。会社全体の売り上げが増え、利益を伸ばせば、自分の給与が上がる。逆も然り。

 例えば食品会社で働くたった1人の人間が、手を洗わなかったために食中毒を起こしてしまえばどうなるか。手洗いしなかった1人だけの処分だけにとどまらず、小売店などに販売していた食品が返品される。会社の幹部は、今後のマネジメントをどうすればいいのか、考えなければいけない。また株価が下がれば、それにどう対応していけばいいのか、考えなければいけない。広報は、どのようなお詫び広告を出せばいいのか、考えなければいけない。結果として、社員全員のボーナスは下がり、ひょっとしたら給与までカットされるかもしれない。

 民間企業で働いていれば、会社が調子のいいとき、悪いときがあるわけだから、それも「運命共同性」として受け止めなければいけない。しかし公務員はその「運命共同性」が全くないといっていい。同じ部署で不祥事が起きても、それが自分の給与に影響するということは100%ない。そういう組織の中で働き続けていると、やはり自分が行う一挙手一投足というのが、周囲にとってプラスになるかマイナスになるか、という行動原理を失ってしまうんです。

 それが結果として、自分の感情だけでぶつけていくことになる。いわば凧の糸が切れたような状態になるわけです。

ちきりん:「それが構造的な問題である」ということは理解はできます。しかしその人は、自分が50歳を超えた年齢で、誰かに「死ね」というメールを送ったことを、例えば自分の子供に言えるのでしょうか? 説明できるのでしょうか? 子供がいないとしたら、自分の親や友達にでもいいのですが、それを言えるのかな? 「オレ、この前、市長に『死ね』と書いたメールを送ってやったぜ」とか平気で言えるのか、すごく不思議です。

中田:たぶん、周囲の人には言っていないでしょうね。

ちきりん:ということは、本人も「この行動は家族や知人には言えないほど恥ずかしいことである」という認識はあるんですね?

中田:あると思います。しかし、このことは今の社会にたくさん見られると感じています。ネットの世界では、匿名でものすごく強烈な表現をしている人が山ほどいますよね。2ちゃんねるもそうだし、Twitterでもよく見られます。ちきりんさんのブログにも、そうした書き込みがあったりするのではないでしょうか。

ちきりん:ありますね。

中田:「あなたの見識を疑うよ」みたいな書き込みが(笑)。

ちきりん:ハハハ。たくさんあります!

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