東大数学、今なら解ける!?――ゆとり教育と詰め込み教育のせめぎあい(2/3 ページ)

» 2012年02月28日 08時00分 公開
[寺西隆行,INSIGHT NOW!]
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因果関係の考察抜きで解ける問題はアリ?

 ですが、団塊ジュニアのオジサンの僕の、偽らざる気持ちとして、「東大文系数学第一問として表出する問題のレベルがこのくらいであったら、18歳までの授業で涵養される数学的リテラシーを推し量ると、大学に入り、グローバル社会で勝ち抜く素養を身に付けるまでとても時間がかかるのでは?」と脊髄反射で思ってしまうのです。

 タマタマですが、某所で大学生を教えている友人がFacebook上で、こんなコメントをしていました。

 「『大学生の学力が低下しているか?』については、平均点とか、そういうもんについては変わっとらんだろう、と。でもね、私の授業を受けた感想で『因果関係が大事だということが分かった』とか、そういう感想が純粋に書いてある。これまで、高校での学習を通じて因果関係の理解、習得といったことが行われていたはずなのに、それを無視して点が取れるような“教育”が出てきているということだろうと思う……」

 この「因果関係」という言葉にぐっと来ました。今年の東大文系数学、第一問で僕が感じたのは、まさに因果関係(相互作用、という言い方の方が適切かもしれません)の考察抜きに、単純に解ける問題を出題することに至った背景への何とも言えない気持ち悪さなんです。数学の問題そのものを解ける、解けない、の話ではなく、ためた知見を組み合わせて解法を導く訓練が、押し並べてされていないのでは、と。

 こう書くと、「ゆとり教育の弊害だ!」と叫ぶ、これまた団塊ジュニアの方も多くいらっしゃると思います。しかし実は、団塊ジュニア自身も、いわゆるゆとり教育への変遷過程の教育課程で学んでいた、と知っている方は少ないです。

 簡潔に申し上げると、「詰め込み教育」への批判から、1970年代に日教組が提起した「ゆとりある学校」に基づき、小学校では1980年、高等学校では1982年から授業数の削減は始まっており、2002年度から施行された学習指導要領はその完成形です。だから、短絡的に2002年度から始まった(世間で多くの人が意味するところの)「ゆとり教育」だけを批判してもしょうがないのです。

 ただ、ゆとり教育の完成形の下、2012年の東大文系数学の第一問において、今回のような問題が出題される状況を見て、「やはりこれではいかんのではないか」「少し詰め込み路線へバランスを傾斜する必要があるのではないか」と感じるのは、理解できます(詳しくは省略しますが、過去の教育史をひも解くと、ゆとり教育と詰め込み教育は振り子のように動いているに過ぎないそうです)。

 そして、その動きは小学校では本年度、中学校および高等学校の「理数教育」では来年度から始まる新学習指導要領、加えてそれに基づく具体的な学習内容にすでに大きく現れています。

 数学ではなく理科に関することですが、2012年から文系の高校生でも、いわゆる「物理」「化学」「生物」「地学」の基礎に当たる部分が4科目中3科目「必修」となるのです(正確には「物理基礎」というように、科目名の後半に「基礎」が付随しています)。

 また、これらの理科基礎教科、「2単位」相当ではあるものの、多くの先生から「とても2単位相当の教科書の分量じゃない。3単位、いや4単位分相当だ。これまでの単位の感覚からすると」というコメントを頂戴しています。

 数学は、2003年度以降に登場した、中高課程の現学習指導要領で中学から高校へと移った単元が、ほとんど高校から中学へと揺り戻しになります。おまけに、現行課程では扱われなかった「整数の性質」が新設(過去にあったものが復帰という感じですが)、多くの文系の生徒が入試で必要となる「数学A」に盛り込まれました。

※そのほかの細かな単元変化をお知りになりたい場合は、河合塾Kei-Net「高等学校新学習指導要領のポイント(参照リンク、PDF)」をご覧ください。
数学ではいくつかの内容が高校から中学へと移った(出典:河合塾)

 もちろん、高等学校の前段階となる中学校の理数教育も格段に強化されています。外国語(英語)ばかりが世の中で注目を浴びていますが、2012年からの新課程で中学3年間の授業時間数のうち、外国語の105時間の次に多いのは、理科の95時間。そして数学の70時間と続くのです。社会の55時間、国語の35時間に比して、いかに理系教科の強化に走っているか、鮮明にお分かりかと思います。

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