この連載は3月23日に発売される『インサイド・アップル』(早川書房)から抜粋、編集したものです。
アダム・ラシンスキー(Adam Lashinsky)氏のプロフィール
「フォーチュン」誌シニアエディター。専門はテクノロジー・金融。イリノイ大学で歴史学および政治学の学位を取得。シリコンバレーとウォール街をフィールドとするトップジャーナリストの一人として知られ、「フォーチュン」誌ではアップルの他、グーグルやHP等に関する特集記事を多数執筆。とりわけ本書の元となった、アップルの組織図や内部システムを明らかにした2011年5月のスクープ記事“INSIDE APPLE”は大きな反響を呼んだ。
アップルの社員は、自社ビルに建設業者が入ってきたときに、これから何か大きなことが起きるのを知る。すぐに新しい壁が作られ、ドアがつき、新しいセキュリティ規則が示される。透明だった窓が磨りガラスになる。窓がまったくない部屋もいくつかできる。それらは封鎖室と呼ばれ、特別な理由がないかぎり情報の出入りがなくなる。
社員としては、この騒ぎはありがたいものではない。たいてい何が起きているのか分からないし、自分のほうからも聞かない。内容を知らされないなら、文字どおり自分の仕事ではないのだ。そのうえ、改築前に一定の場所に入ることができたセキュリティバッジはもう使えなくなる。想像がつくのは、何か極秘の新しいプロジェクトが始まり、自分はその内容を知らないということだけだ。以上。
アップルでは秘密にふたつの形態がある──対外的なものと、対内的なものだ。まず会社として製品や業務を競合他社などほかの世界から隠しておくのは当然だ。ふたつの形態のうち、このような秘密保持は一般社員にもわかりやすい。多くの企業はイノベーションを伏せておくからだ。その反面、謎めいた壁や立入禁止エリアに代表される対内的な秘密は受け入れるのがむずかしい。それでも、アップルにおける秘密と生産性の結びつきは、やはり長く信じられてきたマネジメントの定説や、透明性を企業の美徳とする考え方に対立するものだ。
むろんあらゆる企業には秘密がある。違うのは、アップルではすべてが秘密だということだ。ちなみに、アップル自身もこの施策がやや行きすぎであることを理解していて、沈黙は金という社風を控えめに自嘲している。一般公開されているインフィニット・ループ1番地の売店で、次のような言葉の入ったTシャツが売られているのだ──
「私はアップルのキャンパスを訪問した。でもそれだけしか言えない」
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