「仙台など一部の被災地は復興バブルだが、他の地域は一向にカネが回らず、厳しい状態のまま」とは先の商店主の声だ。
今後、当コラムでは現地で新しく興ったビジネスや、被災者たちが知恵を絞って創り出したサービスなどを順次紹介していく予定だ。そして全国で関心が集まり、被災地の経済を活性化する――。いや、少しでも現地のカネが回るようにすることが、筆者なりにできることだと考えているからだ。
最後に、震災から1年経過した先の11日について、三陸の読者から届けられたメールの一部を紹介する。
今日は、叔父夫婦の一周忌の法要のため、お寺に行ってきました。檀家の皆さんの合同供養ということで、叔父・叔母と共に小学生の御遺影もたくさんならんでいました。大川小の横を何度も通り、知っていることとはいいながら、現実としては受け入れ難いものがありました。子どもさん達のお顔を正視できずに、目を閉じてただただ手を合わせました。
東北沿岸の街では、このような思いを抱いた人が数十万単位で今も生活している。安易な「区切り」報道がもってのほかという以外に、こうした思いを抱いた人に寄り添い続けることが、筆者自身にできることだとの思いを、今年の3月11日を経過して改めて強くした。
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