「ここに住んでいた人たちも野馬追に出ているんだな」――。
父がまた呟いた。
小高区の誰が、何人が、どのタイミングで行列に参加するのか私は分からない。だが、間違いなく、29日の一大行列にこの地域の人も合流するはずだと答えた。また、旧相馬中村藩に属していた飯舘村、あるいはいまだに立入りが厳しく制限されている双葉町や浪江町の人たちも同様だと答えた。
津波によって破壊され、原発事故によって立ち入ることさえできなかったエリアを見渡していると、同行していた息子がシャッターを切り出した。
昨夏、息子は宮城県石巻市を始め、女川町、南三陸町、岩手県陸前高田市、大船渡市など甚大な津波被害に遭った地域を訪れている。多少の免疫があったようだが、昨年と同じよう姿で放置された光景に黙り込んでいた。親がなにも言わずとも、子どもながらに異様な事が起こったことを感じた様子だった。
30分ほど、家族と両親が現場に立ち尽くした。年老いた母が、私の祖父である相場英雄が亡くなったとき以来、号泣しているのに驚いた。
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