ヒット連発の映画プロデューサーは「石ころぼうし」の視点で世界を見る窪田順生の時事日想(1/4 ページ)

» 2012年10月16日 08時00分 公開
[窪田順生,Business Media 誠]

窪田順生氏のプロフィール:

1974年生まれ、学習院大学文学部卒業。在学中から、テレビ情報番組の制作に携わり、『フライデー』の取材記者として3年間活動。その後、朝日新聞、漫画誌編集長、実話紙編集長などを経て、現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌でルポを発表するかたわらで、報道対策アドバイザーとしても活動している。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。近著に『死体の経済学』(小学館101新書)、『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)がある。


 『モテキ』『悪人』『告白』などを手がけてきた映画プロデューサー・川村元気氏が初の小説を書いた。数多くの映画をヒットさせてきた人が書いた――というとほとんどの人がエッセイやビジネス本を思い浮かべるだろう。

 そんな大方の予想を裏切り、なぜ「物語」を描こうと思ったのか、川村氏に話を聞いてみた。

小説を書こうと思ったきっかけ

映画プロデューサーの川村元気氏

――そもそも、なぜ小説を書こうと思ったのですか?

川村:いくつか理由があるんですが、ひとつは芥川賞作家の吉田修一さんとの出会いです。映画『悪人』で原作者の吉田さんに脚本も書いていただいて、長く一緒にいたのでいろいろお話をする機会がありました。その時、小説は映像にならないものを書くことができることを強く感じました。

 例えば、この本のタイトル『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス)という状況を、映画で表現するのは、どれだけカットを重ねても難しいんです。でも、小説ならこの一行だけで読者が想像を働かせてくれる。そういうことに挑戦してみたかったということがあります。

――物語は悪魔との取引で世界からいろいろなものが消えていくというものですが、このようなユニークな物語はどのように発想したんですか?

川村:ちょっと前に携帯電話を紛失してしまったんです。そのとき、友人や同僚に電話をしようと思っても、記憶している番号がひとつもない。親の番号すら覚えていない。僕の人間関係が、使い始めて10年ぐらいの機械にぜんぶおさまってしまっている。これは「怖いな」と感じました。その一方で、失くしたことで「得したな」と思う場面もありました。電車に乗ったら、本当にその車両にいる50人ぐらいが全員携帯を開いて見ていたのです。その時、「その他のひとり」になれたと感じました。

 何かを得るためには何かを失わなくてはいけない――。失くした時に気づくありがたみといえば、やはり母親じゃないかと思いました。ほとんどの子どもは、いるのが当たり前と思っていますからね。そこで親子のドラマを軸として「失うことで価値が生まれる」物語を描きたいと思うようになりました。

 何かを失うということの究極は「自分も死んでしまう」ということです。だったら、余命わずかと宣告された主人公が、自分の命と引き換えに、世界から大切なものを消していく物語にしようと思いました。消していく過程で主人公は逆説的に、本当に大切な人やモノに気づいていく。神様が7日間かけて世界をつくった「創世記」をモチーフに、その逆の行為に手を染める人間というアイディアもベースにありました。

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