誠 ビジネスショートショート大賞、応募129作品の頂点はこう決まった激論・最終審査会(2/6 ページ)

» 2012年11月16日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

各審査員お勧めの作品をピックアップ

――まず各審査員ごとに、お勧めの作品を3本程度を挙げていただければと思います。

吉岡綾乃編集長

吉岡 1本目は「営業刑事は眠らない」。どの会社にも営業マンがいますが、もちろんこの作品に出てくる営業刑事みたいな人は実際にはいないわけです。ただ、キャラクターがうまく書けていて、「営業は売るところまでが仕事ではなく、お金を回収して初めて営業なんだ」という気付きを与えられる点で推したいと思います。

 2本目は「社会科学とネコ耳女」。青いネコ型のキャラクターが出てきて、ラノベ(ライトノベル)っぽくてしかも面白い。今回のコンテストはお題にはっきりとは出していなかったのですが、運営側としては、ラノベっぽいビジネスノベルを期待しているところがありました。

 ただ、こんなことを言っておきながら、私は純粋に“ラノベ度”が高い作品は読んでいるとつらくなってくるんですよね。正直、あまりラノベを読み慣れていないので。ただ、このレベルだと気持ちよく読めて、「私の好きなラノベはこの程度なんだ」と分かりました。文章のテンポが非常に良くて、読んでいて非常に楽しかったです。そして、最後の「あなたが無駄遣いしなければ、こんなにお金がためられるのよ」というのも、当たり前といえば当たり前ですが、気付きがあっていいかなと思いました。

 3本目は「なんて素敵にフェイスブック」。うまいとしか言いようがないです。学生時代に氷室冴子さんなどコバルト小説にハマって読んでいた世代としては、まずタイトルからして「ズルイ!」という感じです。私自身がSNS好きで、FacebookやTwittter、mixiといろいろやっているのですが、その仕組みが分かっていて、しかもひねりを加えてギャグにしている。そして設定が平安貴族ということで、度肝を抜かれました。ただ、ビジネスノベルかと言われるとつらいところがあるので、次点で推させていただきます。

 もう1つの次点が「読めねばーランドへようこそ」。メディアの仕事をする中で、できるだけ漢字をひらがなに直すとか、難しい言葉を使わないようにするという暮らしをしてきた人間にとってはかなり衝撃的な内容でした。「そうか、日本人ってもしかして文字を読めない人が実はいっぱいいるのかも」と知らないことを教えてくれたという点でかなり衝撃的だったので、次点ですが推させていただきます。

清田いちるさん

清田 全然重なっていなくて良かったです(笑)。1本目は「不完全エスパー」なのですが、これ、ショートショートにしてはものすごく長いし、回収していない設定もたくさんあるんですね。ただ、主人公のキャラが立っているし、大人の世界でも子どもの世界でも普遍的な「いじめ」というテーマを真正面から扱っているのが良かったです。多くの人に読んで欲しい内容ですね。これショートショートはやめて、文章量を3〜5倍に増やして普通の小説にしてもいいのではないでしょうか。

 2本目は「誰でも売れるんだ」。これ、息詰まっている人たちに希望を与えられる物語だと思ったんですね。例えば営業ならどういう風に頑張れば売れるのかということを、平易な文章で分かりやすく伝えています。文章もうまいですし、ストーリーもラノベみたいに巨乳娘と貧乳娘が出てくるとかいった無理やりな展開ではなく、等身大の感じで書いています。だから、読んでいて気持ちのいい、希望が持てる物語だと思いました。

 3本目は「ターゲット」。普通のマーケティング話なのですが、その話を紹介する展開がうまいです。物語としてすごくうまい上に、思い込みに惑わされず事情を見て対応を考えるというのはどのビジネスにも当てはまるので、これも希望を持てる話だと思います。閉そく感を覚えている人にある種の突破口を与える情報が含まれています。

 さらに次点で「曇り空の日本から」と「グェンさんのこと」。「曇り空の日本から」には中国人、「グェンさんのこと」にはベトナム人が出てきます。今、ちょうど話題になっていることもあると思うのですが、外国の人を知るにはインタビューのほかに、こういう物語形式もいいかなと。頭に引っかかった話でした。

加藤貞顕さん

加藤 一番上手だと思ったのは「営業刑事は眠らない」で、この人うまいですよね。「プロなのかな?」という上手さで面白かったです。あまり赤入れするところがないようなきれいな文章で、地の文(会話以外の説明や叙述の部分)がきちんと書けているんですね。出だしも読ませるし、非常に上手だと思います。

 一番面白かったのは「ターゲット」です。僕は実はこれがイチオシなのですが、うな重食べたくなりますよね(笑)。文章は「営業刑事は眠らない」の方が上手なのですが、ビジネスショートショートとしては「ターゲット」が一番面白かったです。この人、コンビニをやっている人なんじゃないかな。

 ネタが面白いのはもちろんなのですが、さらに技があるなと思ったのが、最初にコンサルの人が芝居がかって入ってくるのですが、あいさつするだけでバイトの高校生を変えるシーンがあって、それがラストの伏線にもなるんですね。お店に来て、こういう演技をして変えることが効果的だろうという話を最後にまた持ってきていて、伏線自体も面白いし、そこをちゃんと回収することでさらにまた面白いという技もあると思いました。

 強いてもう1作品挙げるとすれば「絆創膏」です。これは外国のおしゃれな小説っぽい感じの仕上がりになっていますね(笑)。SFだと思って読んでいたら、ちょっといい話におさまるというのが面白いですよね。僕は会社を経営し始めたばかりなのですが、部下がミスするとムッとすることがあるんですね。それについて反省させられました。タイムリーだからこそ面白かったという可能性もあるのですが、感情ってものすごく大事なので、そこをテーマに上手に仕上げていると思いました。

渡辺聡さん

渡辺 私はまず面白い、面白くないは置いておいて、「このコンテストは趣旨から考えて何を選ぶんだろう」と自問自答して選んだ感じになっています。

 1本目は「不完全エスパー」。ビジネスの場面を直接は書いていないのですが、物語を通して何かを相手に伝えている、かつそれがいわゆる文学的なものではない実務知見を向いていることから目に入りました。応募作品は全体的に、ビジネス風の場面を切り取っていても、知識や知見がまったく出てこない仕事人の叙情のような小説設計が目立ちました。「知見伝達の物語化」というビジネスノベルの仮定義からすると、その類はビジネスノベルではない、今回のコンテスト趣旨には合致しないと言えます。

 「不完全エスパー」はビジネスっぽい場面を扱っていないので、コンテストのコンセプトからは文字面だけとらえると外れています。また、文字数でもショートショートという構図はかなり壊しているのでいわば一種の問題作でしょうか(笑)。

 伏線の問題もありますが、必要なものを入れていったら自然とこうなってしまったということで、それはそのまま受け取りました。誠 ビジネスショートショート大賞と冠していますが、ビジネス場面を舞台にすればすなわちビジネスノベルというわけではないよね、ということであえて逆にこれを選びたいと思います。

 2本目は「営業刑事は眠らない」。「不完全エスパー」の次点として、今回の賞のお手本のような作品である「営業刑事は眠らない」と「ターゲット」のどちらを入れるか迷いました。で、どちらかというと「営業刑事は眠らない」の方が、僕としては素材選定に新しさを感じたので選ぶことにしました。債権回収の物語では『ナニワ金融道』や最近だと『闇金ウシジマくん』のような金融ドロドロものが定番だったわけですが、そこに営業債権を持ってきた視点が面白かったです。加えて、あえて非常にバカバカしい“営業刑事”というギミックを使った見せ方に、「読ませたい」という認識がちゃんと入っていたことを評価したいです。自意識を詰め込んだ作品も多い中、「どうしたらちゃんと読んでもらえるだろうか」という方向に目がいっていたので。

 3本目は「三匹の社長」。寓話を書いた人は、この作者とあと1人くらいでした。みんなショートショートというテーマに引きずられてか、星新一のSFショートショートの形式に寄ってしまったんですね。そんな中、そうではないものを持ってきて、コンパクトにビジネス要素を入れている。ある種、小さいレベルで完成されているので、広げる面白みがないといえばないですが。また、ある特定の要素1つではなく、全体の構造をうまく移し替えている、つまりざっくりと今の日本の問題が入っていて「そうなんだよね」とうなずけるので、個人的にはこれをあえて選びたいです。商業出版するかと言われたら選ばないのですが、みんなに「これ読んでよ」と言う分には面白いというところです。

 次点を入れるとすると「ターゲット」ですかね。

山田真哉さん

山田 2作品が図抜けていました。1本目は「営業刑事は眠らない」。これはうまいです。タイトルからして、ヤマさんがほぼ眠らずに朝早くから活動しているところにかかっていますし、もうみなさんがさんざん言っているのでこれ以上言いませんが、短いのがいいですよね(笑)。ショートショートのコンテストということもあるのですが、短いからこそ「ちょっと読んで」と人に勧められるし、すぐに学べるし、短さには利点がいっぱいあるので、僕はすごくプラスに評価したいと思っています。

 もう1つ図抜けていたのが「悲しい地歴」。これは税務話なので僕のジャンルなのですが、だいたい自分に近いジャンルには近親憎悪があって、僕は厳しく見ることが多いんです。僕は星海社でミリオンセラー新人賞※の審査員をやっていて、専門ジャンルの会計や歴史に関しては罵詈雑言しか出ないのですが、「悲しい地歴」に関してはうまいと思いました。相続税の話のミステリーになっているという点と、「近所でおばさんが夜な夜な庭を壊している」という出だしがいいですよね。この一文からスタートできるって文芸作家さんですよ。みなさん最初の一文に気を付けていましたが、この人の一文が一番うまかった。

※ミリオンセラー新人賞……ノンフィクションの書き手を発掘するために開設された新人賞で、新書の企画を募集している。

 そして、ミステリーのオチが、みんなが知っているGoogleストリートビューなんですね。会計がテーマだとどうしても会計のトリックになってしまうから、みんなが分からない話になってしまうんです。でも、「悲しい地歴」はみんなが分かるGoogleストリートビューをオチにしてくれている。これは相当の技術なんです。小説を書いている人間しか分からないかもしれないですが、相当難しいんですよ。このトリックの落とし方を見ると、この人は相当腕がある人で、『女子大生会計士の事件簿』を抜ける作品が書ける人です。

清田 これは税務的な情報としては正しいんですか?

山田 ちゃんと合っています。みんなが犯しやすいミスという“税理士あるある”です。

 もう1本挙げるとすれば「なんて素敵にフェイスブック」です。これはうまい。氷室冴子さんの『なんて素敵にジャパネスク』のタイトルを使うあたりがくすぐりますね。まあ、ダジャレが個人的に好きというのもあるのですが。

 そして設定が歴史ということで、ビジネスだったら読まないけど、歴史物だったら読むという人もいるわけです。ビジネスがテーマだからビジネスど真ん中の内容じゃないといけないということではなく、ビジネスの肝を伝えるという意味では、僕はより読む人が多くなりそうなインタフェースにするべきだと思うんです。そういう意味で、「なんて素敵にフェイスブック」はビジネスではないと言えばないのですが、インタフェースとして優れているんです。

清田 Web業界ではFacebookをビジネスで使うことがすごく大事になってきているので、Facebookがどんな雰囲気のところかを伝えるという意味ではビジネスノベルですよね。

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