誠 ビジネスショートショート大賞、応募129作品の頂点はこう決まった激論・最終審査会(3/6 ページ)

» 2012年11月16日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

名前が挙がった作品を1つずつ討論

――次に挙がった作品を1つずつ取り上げるのですが、改めてみなさんのコメントをいただければ。まずは「不完全エスパー」から。

清田 先ほども言ったのですが、これは本当に編集を入れて「女子高生ゆきかぜ、いじめを語る」みたいなタイトルにして、出したらいいと思うんですね。多分、作者の頭の中に全部伏線があると思うんですよ。そうでないと、自分の両親が互いに殺し合ったシーンとか出てこないので。文字数の関係で削っただけだと思います。

渡辺 これはキレイに設計したらコミカライズできると思います。

清田 すごくいい話だし、ヒロインもキャラが立っているし。

渡辺 いわゆる記号化したキャラクターではなく、描写された人物になっています。

清田 人物にするのにこの長さが必要だったんでしょうね。ただ、コンテストの趣旨と違って長いので、大賞ではないと思います。

渡辺 個人的には面白いのですが、コンテストのショートショートの趣旨からすると大賞は外した方がいいかと思います。

山田 僕はこれに関しては逆に作者の手抜きを感じたんです。長い原稿があって、その第1章をそのまま切り取って出したんじゃないか説があって(笑)。「ショートショート大賞なんだから削る努力をしないのか?」と思いました。作品としてはすごくよくできています。ただ、この賞じゃないだろうと。この賞で出すならせめて短くする努力をするべきです。

清田 回収されていない伏線があまりにも多すぎますよね。

山田 ゆきかぜという名前からして「何でゆきかぜなんだよ」と。だから僕はそこに作品の良さと、作者の横着さを感じました。

清田 もともとあったものを切り貼りして、短いバージョンにしたという印象はあるかもしれないですね。そうだとすると完全バージョンを読んでみたいですね。

――ちょっと大賞候補にはならないということですか。

清田 ただ、非常に印象には残りました。

山田 いい作品です。まさかこのコンテストでいじめ問題に触れてくるとは思いませんでした(笑)

渡辺 サブタイトルの積極的傾聴というのはカウンセリングのテクニカルワードなので、心理学系の人か本職のカウンセラーですかね。こんなフレーズ、普通知らないですから。

※積極的傾聴……相手の気持ちを理解してそれをフィードバックしていく方法のこと。

――「グェンさんのこと」は清田さんからコメントをいただいていますが、ほかのみなさんはいかがでしょうか。

吉岡 きれいな話ですよね。

清田 読んでほしいとは思いますね。作中のベトナム人の感覚が本当かどうか分からないのですが、若い人と話していると、「日本は高齢化社会になっていってどうしようもない。中国とかブラジルみたいに伸びていく国の人はいいなあ」みたいなことを実際に聞くんですね。

 でも、そういう途上国の人がそんな話を聞いたら多分怒るだろうと。「我々は貧しい中で一生懸命頑張っているのに、これだけ豊かな社会にいて、そんな不満を言うとは」という怒りが当然出てくるでしょう。賞に選ぶかというと分からないですが、その落差を知るために読んでほしいなと。

吉岡 私もこの作品は結構好きでした。オススメの3本には入れなかったですが、大学生あたりに読んでほしいな。

清田 軽く実話かもしれないですね。

山田 そういう気はしますね。

吉岡 私はこれに近いものを、就職活動している時に男性に感じていたんですね。「君ら、自分がどんなに恵まれているか分からないだろ」みたいな。当時は今より露骨に男女差別があったので。男性には「説明会があるよ」と言って女性には言わなかったりとか、同じ点をとっても、私は落ちて私より点が悪かった男性が通ったりとか普通にありました。

 「グェンさんのこと」はベトナム人という設定になっていますが、差別される側の人間としてはピンと来るものがあって、私も読んでほしいと思いました。ただ、大賞にするほど迫力があるかというと、ちょっと弱い気はしました。

造り酒屋を舞台としたマンガ『夏子の酒』

渡辺 これは青年マンガに向いていますね。時代設定が今で、ちょっと情緒や感情に振った語り口なので『夏子の酒』の現代版というか。

山田 あえて苦言をていすると、ラストの「東の空がもうすっかり明るくなっていた」というのは、もうちょっとほかになかったのかという感じですね。考えてほしかった。もし第2回があるとしたら、夜明けオチを禁止にしませんか(笑)。何か分かるんだけど。

渡辺 何となく余韻を残して終わりたいというか、やると文学っぽくなるというのがあるんですよね。

吉岡 短い話ほどオチを頑張らないといけないのに、頑張っていないとは私も思いました。

山田 何か手抜きなんですよ。文学的なのはいいんだけど、もうちょっと何かあるだろうと。その前に西の空とか伏線があるならいいのですが、付け足した感があるんですよね。ちょい足しグルメってどんなものでも合うことはないわけで、それが難しいからこそハマればおいしくなるわけです。

 ドラマでもそうですが、ラストが「空港でバイバイ」だったらダメだろという話ですよね。「ロンドンに転勤することになって、成田空港で別れる。ヒロインが空港に行ったけど、飛行機の出発に間に合わずに主人公は行ってしまった……と思ったら、いた」というのと同じですよ。

清田 それにこれだけドラマチックなことがあったのに、主人公が変化しないんですね。「俺はダメだ」で始まって、これだけドラマチックなことがあったのに、「まだ俺はダメだ」で終わるんです。ベトナムの地を踏みしめるくらいのことはやれよと(笑)。

――「読めねばーランドへようこそ」は吉岡さんが次点で推していました。

山田 僕も実はこれは次点です。

清田 「読めねばーランドへようこそ」では、登場人物が漢字にふりがなが振ってあることで日本人の漢字力が低下していると主張しています。これは質問なのですが、ある漢字にふりがなを振って出すのと、ひらがなにして出すのとでは、ふりがなを振って出す方が漢字の勉強になるんじゃないですか。

吉岡 私もそう思いますが(笑)

清田 そこが引っかかるんです。登場人物の言っていることは違うんじゃないかと思うんですよ。『週刊少年ジャンプ』だと昔はふりがなが結構いっぱいあったと思うのですが、今は割とひらがなで書いているんです。あれは漢字を学ぶきっかけを失っているんじゃないかと思うんですよね。

吉岡 印刷方式が変わったからかもしれないですね。活字を拾っていたころと違って、今は多分ワープロソフトで変換してそのまま切り貼りしているのですが、ワードとかだと特殊な処理をしないとふりがなは振れないじゃないですか。DTPだと面倒なので、みんなひらがなにしちゃうんじゃないかなと、昔、印刷屋でバイトしていた私は思いました。実作業をしたことがあるわけじゃないので、あくまで想像ですけど……。ちょうどDTPへの切り替えのころくらいにバイトしていたので、両方見ているんですね。

清田 僕は昔、「漢字がたくさんあって子どもが読めないじゃないか」というクレームが親から出版社に来たと、どこかで読んだことありますね。

――みなさんに評価いただいた「なんて素敵にフェイスブック」。

渡辺 普通に短編として面白いですよね。

清田 Facebookを知っているからこそ分かるのかもしれないですが、ニヤリという感じのギミック満載でした。

吉岡 Facebookを使っている中での周りの人たちとの失敗談も元ネタが分かる感じでうまいし、ダジャレもあって。

山田 炎上もあって(笑)。

渡辺 いくつかプロっぽい気配がある作品があるのですが、そのうちの1つかと。

主人公とオタクな妹との交流を描いたライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』

山田 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』みたいな一人称長語り系の文体をマスターしている方なので、読みやすいしプロっぽい。

吉岡 自分が知っているジャンルの話なのに「これは自分には書けない」と思ったのがこの作品でした。ほかの話については「自分が知らないジャンルだから書けない。でも自分が知っている話題だったら書けるかな」と思っていたのですが、これは「私には書けない」と思いました。ただ、最初に言いましたが、ビジネスかというと微妙(笑)。あと、これが笑えるのは読み手がFacebookを知っているからであって、知らない人がこれを読んでFacebookがどんなものか分かるかというと……多分無理ですよね。

加藤 役に立つ要素が若干少ないですよね。

渡辺 キーワードとシチュエーションを借りているだけなので、「ギミックストーリーとしては面白いんですけど……」というところでみんな止まっちゃうと思うんですよ。面白さはもちろん評価するのですが、「何のコンテストだったっけ?」と思い出すと冷静になってしまうという。良くできているのですが、最後で推さなかったのは、コメディエンタメ的な方向が軸になっていると判断したためです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.