コラム
» 2012年11月16日 11時00分 UPDATE

「誠 ビジネスショートショート大賞」清田いちる&渡辺聡賞受賞作:不完全エスパー―積極的傾聴と文化祭― (5/5)

[鈴木ユキト,Business Media 誠]
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 文化祭当日。9月始めの土曜日。晴天。

 “生島女子学園 高等部 第56回文化祭”ときらびやかに飾り付けた正門から、中庭のイベントステージでのバンド演奏やダンス、体育館での演劇やクラシック演奏、各教室でのさまざまな展示。いろんなことがわっと行われた。

 たくさんの父兄が来た。みんな良いところのお父さんお母さん然としているのは例年通り。でも、今年の私には「頑張ってそうしている」人たちの雰囲気も分かるような気がしていた。

 生徒の兄弟や彼氏もいっぱい来ていて、同じ年ごろの男の子たちが普段入れない場所に来ていることに何だか妙にはしゃいでた。去年まではこれもどうでもよかったし、正直ウザかった。でも、今年の私には彼らの緊張というか、可愛げも分かる気がした。

 私たちの展示も、もちろん行った。

 予備日もいっぱいいっぱいまで使ったけど、ぎりぎり間に合った。

 出展のテーマとタイトルは、こうした。

 “いじめをやめるには −私たちの中の悪魔−”

 午前中こそ人の入りが少なかったけど、午後から教室はずっといっぱいになり続けた。午前中に見てくれた人が、他の人に話して、生徒の父兄もいっぱい来た。先生たちも恐らく全員来たと思う。

 キョンちゃんを救おう、とか、キョンちゃんのために、ということではなかった。そうだったら、もっと違う展示になっていただろう。これは、私たちのために、だった。大げさかもしれないけど、私たちの、高校生としての命がけの展示をした。

 教室の壁いっぱいに、模造紙の張り出しをした。動物の写真や、鉢植えも置いた。それには意味があった。調べて分かったことがあったからだ。

 伝えたかったこと、言いたいことはただ1つ。

 私たちの誰の中にも、“いじめる”ということへの欲求がある、ということだった。

 直視したくなかった。でも、それに「気付く」ために「学ぶ」展示にしたかった。

 最初いろんないじめの事例を調べて、図書館にも通い詰めた。パソコンが得意な1年のかおりんとゆえちゃんが大活躍した。そこで浮かび上がってきたのは、いじめ、というのは学校や子どもの世界だけではなく、大人にも、職場や家庭にもある、ということだった。

 ぞっとした。さまざまな事例を見た。私は吐き気がした。いつもクールでスマートなミカコは本当に戻してしまった。

 実は、最初は、「いじめをやめよう」という展示をしようというだけで、テーマはかなり漠然としていた。さらに、調べれば調べるほど、「いじめ」という行為は謎だった。いじめっ子は、いじめられっ子にもなる。何が理由か分からない。キョンちゃんのことだって、別の展開になったのかもしれない。私たちはそれも改めて思った。

 準備を始めて1週間経って、調べても調べても分からなくなって、型通りの展示にしてしまいそうになったタイミングがあった。その時、区の図書館に行っていたポンちゃんが「これ見て」といって持ってきた資料のコピーがあった。それには、“植物のいじめ”という例があった。

 同じ鉢植えに、同種の植物を複数本植える。2本だと、1本の時よりもよく育たない。だが3本にすると、1本の生育がとても悪くなる代わりに残りの2本はとてもよく育つ。ちょっと気持ち悪かった。でも、これが突破口になった。

 このことで連想して、私はエスパー研究所の所長だった、古市さんに連絡した。古市さんは、こういうことに詳しいはずだった。本当は榊から連絡してほしかったけど、私は自分で頑張りたかったから榊に電話番号を聞いて、自分でかけた。古市さんは、今は都内で一番と言われる私立大学の教授になっている。

 実はちょっとだけ、こういう方法はなにかずるいのではないかという気もした。高校生の展示に、どういう関係があっても偉い大学の先生が唐突に直接かかわるなんて、周りから何か言われるような気もした。

 でも、そんなこと思っていられない、と思い切った。

 全部、思いっきり、やれることを、やり切るんだ、と。

 古市さんに教えられたキャンパスに、1週間目の7日目、日曜日に、私とよっち先輩で行ってきた。

 教えられた研究室に行くと、古市さんがいた。もう何年も経つし、おじいさん、に近い年齢のはずなのに、ひょうひょうとした優しい見た目は不思議と変わっていなかった。部屋にはあのころ見慣れていたものがたくさん置いてあった。私の写っている写真もあった。うれしかった。そして、電話で前もって話しておいた質問の答えと、丁寧な説明をしてくれた。

 そして、こう言った。

 「ゆきかぜちゃん、大きくなったね。僕は、今回ゆきかぜちゃんたちのやることにはとても大きな意義があると思う。いじめの問題は、これから人類が乗り越えていかないといけないことの1つだからね。もしイヤじゃなければ僕にも協力させてほしい。いいかな?」

 願ってもないことだった。もちろんお願いした。帰り道によっち先輩に「ゆっきー、あなた、なんであんなすごい先生知ってるの?」と聞かれたので子どものころ育ててもらった、と返事をした。よっち先輩は、少し黙って、頑張ったんだね、とだけ言ってにっこりした。

 翌週火曜と木曜に、古市さんと、元エスパー研のおじさんたちや初めて会うおじいさんたちが放課後の学校に来てくれた。空き教室を使って、机を並べかえて勉強会になった。

 来てくれた人の中にはテレビで見たことのある人もいた。でも、実際はテレビよりもっと楽しくて、明るい人だった。私たちはたくさん質問をした。その場の仕切りやディスカッションは、秀才のミカコがスマートにやった。かっこよかった。そして、私たちは自分たちの主張したいことを確信した。テーマを確定させた。

 次の週、模造紙の貼り出しや、展示内容の制作に入った。文章をまとめたのはキョンちゃんだった。分かりやすくてすっきりとしたさすがの文がどんどん生み出された。それを、よっち先輩が中心となって読みやすくて丁寧なきれいな字で模造紙に書いていった。レイアウトは1年生のかおりんたちがお得意のパソコンで。内容が暗くなりがちだったのを同級生のマエちゃんが、持ち前の明るさと楽しさを全開にしてイラストで彩った。

 意見の食い違いもあった。いっぱいあった。でも、「落としどころ」なんて考えずにとことんまで話し合って、一番良い案と思えるものにした。みんな必死だった。予備の1週間に食い込んで、ぎりぎりまで何度も作り直した。

 そしてできあがった展示。

 教室の真ん中には、椅子を並べて、黒板の前に演台を作った。

 古市さんが「僕がしたいから、してもいい?」と言ってくれて、午前10時から2時間ごと、30分づつ、1日4回の講演をしてくれた。最初の1回目は、来場者はまばらだった。私はちょっと心配した。でも、古市さんはとても真摯に、楽しく話した。古市さんはとてもお話が上手な人だ。そして2回目からは満員。午後4時の土曜日最後の回は人があふれてしまって、先生に相談して急きょ中庭の芝生にホワイトボードを持っていって話してもらった。古市さんは、話した。

 「……いじめっていうのもいろいろありますが、もちろん学校や、会社、職場の中、地域、会社同士、国、この地球全体を見ても、どこにでも大小いろいろあります。ひとつ言えるのは、人間はその作りとしては普通に動物でしかないし、人間が『いじめ』と名付けているようなことは植物にすらある、ものすごく一般的なことだ、ということです」

 「人間も動物だという一例としては、そうだなぁ、『ドミトリー効果』という言葉、聞いたことある人いるかな? ……いないかぁ。実際に再現もできることなんだけど、女性の月経が、共同生活を送っている集団ではその周期がそろってくる、という現象です。軍隊とか、そういうところでは十分認識されています。生理がうつる、というやつだね。どういう仕組みかは分かっていないけど、一説には人間が大昔から集団生活を送っている中で、労働力を管理しやすくして、生殖活動への本能的な合理性を形作る現象ではないかとも言われています。まぁ、それくらい人間も、作りとしては普通に動物だ、ということだね」

 「『いじめ』は、人間だけではなく動物にも植物にもあります。言葉と社会性を用いるからといっても、決して人間独特のものではありません。ご飯をあげないとか、仲間外れにするとか、種を問わず、いじめの定番です」

 「認識すべきは、私たちは、僕も含めて『いじめたい』という要素を持っているということです。誰か特定の他者に対して何らかの方法で攻撃、あるいは侮辱を与えることは、気持ち悪いけれども、やはり私たちの本能の1つです。これも恐らくは、人類の長い原始的な集団生活の中では有効な使用方法があったのだと思われます」

 「例えば、それを逆手にとった使用方法もあります。共通の嫌われ者を設定して仲間意識を高めるとか、それを意図的に行うことで構築する組織もあります。反社会的な、やくざ、とかギャングとか、そういう組織では、もう後戻りできないと思わせるような悪事、ひどいことを、あえて衆人環視のなかで新入りにやらせるという一種のイニシエーションが行われることがあります。それによりある種の結束を固めることができるんだね。暗い仲間意識の意図的な作成です。こういうことを思いつくことについて才能を持っている人もいて、それが各種試されて洗練されて、ルール化されているんだね」

 「いじめ、ということを、例えば『あなたの心が貧しい。やめろ』とか『悪いことだ。やめろ』とか、僕は、そういう考えではまったく止まらないし、どうしようもないと思っています。ひと言で言って、そんなのは本気じゃない人による『それっぽいことを言ってその場しのぎ』の実現でしかないね」

 「自分の中に、いじめたい、という本能的な欲求がある。ということを自覚しましょう。それは、僕にも、あなたたちにもある。そして、それをどうやったらおさえられるか。手法があります。本能的な衝動を抑えるのに有効なのは『自覚すること』です。言い換えれば、気付き、です。これは、あらゆる依存症に有効な方法でもあります」

 「私もあなたも、『いじめたい気持ちを持った人』です。ですが、それでいいのでしょうか。私たちは、自分たちのどうしようもない部分だと言って、それを放置するのでしょうか。そのままにいじめて、誰かを生けにえにして、また一人殺すのでしょうか。人間は、動物のままでしょうか。全裸で、性器もむきだしにして排せつもところ構わず行う。いじめ、をするのは、そういうことと同じです」

 講演が終わると、毎回万雷の拍手が起こった。

 私は知らなかったが、古市さんは有名な先生になっていたようだ。うちの生徒でも何人か、先生も父兄も、握手やサインをねだっていた。古市さんはそのどれにも快く応じていた。

 さらに2日目、びっくりしたけど今度はテレビ局や新聞社も来た。父兄の誰かに、そういいう仕事の人がいたんだと思う。その日も古市さんは芝生で4回講演してくれたけど、取材を受けると「彼女らの展示を必ず見て帰ってください。私よりも、今回の彼女らの展示の方がすばらしいと思う」と話していた。だから、教室の方に何人か彼らが来た。

 きっと、きっかけとしては記者さんたちはおつきあい気分で見に来てくれたんだと思う。でも、少なくとも雰囲気としては記者さんたちはとても真剣に、展示内容を読んでくれた。感想ノートにもいっぱい書いてくれた。彼らに限らず、感想ノートはすぐにいっぱいになってしまったから2日間で5冊を超えた。

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 そして、文化祭の時間も終わりが近付いた。

 私は実行委員の仕事で、展示から離れて準備室の方に行っていた。展示への表彰式がある。来場者が、1人1票で2日間の出展に投票していた。当日運営で、私は表彰式の担当になっていた。投票結果を、私は誰よりも先に知った。

 夕暮れになった。一般来場者も帰って、生徒だけの時間になった。

 中庭のイベントステージで表彰式が行われた。順々に表彰が行われた。

 そして、1位。

 空手部の“いじめをやめるには −私たちの中の悪魔−”が選ばれた。

 ダントツの票数だった。

 部長のよっち先輩がステージに上がった。先輩は、ステージ上から大きな声で、空手部のみんなを呼んだ。全員がステージに上がった。キョンちゃんもいた。キョンちゃんは、頑張って胸を張って、顔を上げていた。

 ステージ下からも、「良かったよー!」「頑張ったねー!」とかの声もいっぱい聞こえた。前の、あの感じとはちょっと違う気もした。もちろん、冷ややかな人たちもいた。でもそんなの、知ったことではなかった。

 ステージ上で、空手部のみんなは号泣した。しおらしく、可愛い泣き方なんかじゃなかった、号泣して、鼻水を出して、みんな抱き合った。テレビドラマや芸能人の授賞式で見るようなのとは全然違う、本当に、みんな燃え上がったゆえの姿だった。

 プレゼンターは、私だった。

 よっち先輩に、賞状を渡した。

 私も思いきり泣いた。


 その夜、打ち上げしようと予定していたけど、何だかそんな元気もなくてその日は全員帰ることにした。私は榊とメールで連絡して、家の近くの駅で待ち合わせた。

 今日、榊も展示を見に来てくれていたらしい。帰ってから、榊の感想を聞きたかった。

 駅近くの商店街を2人でゆっくり歩いた。

 日曜の夜で、人は少なめだった。今日は私の夕食当番だが、上手に作れそうにないので途中で2人分のお弁当を買った。榊が持ってくれた。

 商店街を抜けて、おうちの多い場所に入った。つき始めた街灯の下を私たちは歩いた。

 「頑張ったな、ゆきかぜ」

 優しく、榊が言った。私は、うん、とうなずいた。そして言った。

 「ありがとうございます。でも……」

 「でも、なんだ?」

 「……もしも、私に榊さんみたいな能力があったら、もっと早く、他の方法で、ああやってできたかもしれない。そう思うと、悔しいです」

 本音だった。キョンちゃんの気持ち、よっち先輩や、みんなの気持ち。言葉を超えて分かったら一日でも早く、この時間が来たかもしれない。そう思っていた。

 榊は歩きながら少し私の方を見て、また、視線を前に戻した。

 そして、優しい口調で、でも、きっぱりと言った。

 「いや、それは、ないな」

 「そうですよね、そんな特別な能力、あたしには」

 「違う。前も言ったぞ。気持ちがのぞけても、エスパーでも、そんなのでは何も変わらない」

 今度は私が榊を見上げた。その表情からは、何も読めなかった。

 いつもの優しい榊だった。お月様も視界に入った。

 彼は続けた。

 「そんな能力なんて、たいしたものじゃない。それに、みんな不完全なエスパーだ。ゆきかぜ。僕は、ゆきかぜがみんなのことを思って、ゆきかぜが率先して進めたこと以上に人の気持ちを奮い立たせたり、勇気を出させたことはないと思う。人を変えるのは、人だ。自分であり、相手だよ」

 私たちの住むマンションが見えてきた。明かりがたくさん見える。

 私たちは、もうすぐあの中の、もう1つの明かりになる。

 2人とも少し無言になって、そして、榊がぼそっと言った。

 「……キョンちゃん、何かになるよ。作家、小説家だな。そう遠くない」

 「榊さん、それは『予知』ですか? それとも、『予測』?」

 「予知さ。外れないよ」

 私たちは、マンションのオートロックをくぐった。


 それからしばらくして、キョンちゃんは立派な文学新人賞をとった。

 以前から書きためていた長編小説を、文化祭の後に完成させて応募していたそうだ。

 高3で、現役高校生作家としてデビューした。

 クラスのみんなと、空手部のみんなで祝った。

 でもそれは、また別のお話だ。

 →続編の「不完全エスパー―ゆきかぜの日曜日―」へ

「不完全エスパー―積極的傾聴と文化祭―」は第1回誠 ビジネスショートショート大賞で清田いちる&渡辺聡賞を受賞した作品です。このほかの応募作品のうち、一次選考を通過した作品は特設Webサイトで掲載しています。なお、受賞作品を決定した最終審査会の様子はこちらの記事でお読みいただけます。


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