国内プロ野球、メジャーリーグを中心に取材活動を続けているスポーツライター。セ・パ各12球団の主力選手や米国で活躍するメジャーリーガーにこれまで何度も「体当たり」でコメントを引き出し、独自ネタを収集することをモットーとしている。
野球以外にもサッカーや格闘技、アマチュアスポーツを含めさまざまなジャンルのスポーツ取材歴があり、WBC(2006年第1回から2013年第3回まで全大会)やサッカーW杯(1998年・フランス、2002年・日韓共催、2006年・ドイツ)、五輪(2004年アテネ、2008年北京)など数々の国際大会の取材現場へも頻繁に足を運んでいる。
2014年末、日本球界へ舞い込んできたビッグニュースに胸を高鳴らせた鯉党の人たちは多いはずだ。ニューヨーク・ヤンキースからFAとなっていた黒田博樹投手が2015年のシーズン、8年ぶりに古巣の広島カープへ復帰することになったのだ。
広島とは1年契約で年俸は4億円プラス出来高(推定)。しかし昨季11勝でメジャー5年連続2けた勝利をマークした鉄腕には水面下でロサンゼルス・ドジャースが年俸1600万ドル(約19億2000万円)を用意したほか、サンディエゴ・パドレスも同1800万ドル(約21億6000万円)でオファーをかけ、さらにヤンキースも再契約を目論んで他球団の動向に注意を払いながら巨額資金を投入しようと準備を進めていたと報じられていた。
こうしたメジャー側の条件提示と比較して実に最高17億円以上もの開きがある“格安年俸”だったにも関わらず、黒田が古巣復帰を決断した選択には米球界のみならず多くの日本球界関係者たちも驚きを隠せないでいる。実際に黒田との契約に携わった当の広島カープの担当者が「本人からサイン済みの統一契約書がFAXで送られてきたとき、身体の震えが止まらなかった」と口にしているのだから、その衝撃度はやはり計り知れないもののようだ。
お金がすべてではない――。まさにその姿勢を黒田は実践した格好だが、これは相当の決意と覚悟がなければ成せることではないだろう。
実は昨年のシーズン中から黒田はカープ復帰を親しい関係者に示唆していた。広島の某大物OBには電話口で「ここ1〜2年はオフにいつも悩むんですけど、意欲がなくなれば今年限りでフッと現役引退を決めてしまうかもしれないですが……」と前置きした上で「現役を続けて日本に帰るならば、僕はカープに育ててもらった人間だから恩を返さなければならない。そうしたら広島には帰りたいと思っていますよ。もしかしたら、それは来年かもしれません。でもボロボロになって現役最後の1年だけプレーするようなことはしたくない。できれば“まだまだやれる”と言われている間に2〜3年、プレーしたい」と本音を漏らしていたという。
それでもメジャーの第一線においていまだ活躍中で引く手あまたのスーパースターが栄光と巨万の富を捨て去ってまで仁義だけを貫くとは、いくら当人と親しい人間でもなかなか確信を持てなかったようだ。前出のOBは黒田から復帰を決めたと聞いて「開口一番で『おい、ウソだろう?』と問い返し、それが本当と分かって思わず目が点になった」ことを明かしている。
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