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» 2015年03月13日 07時25分 公開

杉山淳一の時事日想:寝台特急北斗星に乗り続けた画家、鈴木周作さんの「これから」 (2/5)

[杉山淳一,Business Media 誠]

北斗星と歩んだ人生

鈴木周作さん(左)と筆者(右)お互いの著書を交換

 ロイヤルに導かれて以降、鈴木さんと北斗星の旅は、何度か目的が変わっている。まずは仕事の疲れを癒やす休暇旅行。そして北海道に魅力を感じ、もうひとつの趣味のスケッチが目的に加わる。釧網本線のスケッチ旅行で、鈴木さんの絵を見て声を掛けてくれた人がいた。川湯温泉駅舎のレストランのマスターだった。イラストをポストカードとして印刷すると、レストランで販売してくれた。同じように、北浜駅の喫茶店ものマスターも鈴木さんの絵に目を留め、ポストカードを販売してくれた。

 この日から、鈴木さんは画家とシステムエンジニアの「2足のわらじを履く身」となった。ポストカードがきっかけで、出版社からも仕事の依頼が来た。北斗星の乗車目的は「絵の取材旅行」の交通手段となった。飛行機ではなく北斗星で行く。その16時間は「東京でも北海道でもない場所」だ。システムエンジニアと画家という職業をスイッチするために必要な時間だったという。

 「私にとって北海道は、夜汽車で通う遠いところというイメージです。それが飛行機で1時間少々で通うと、私の中の北海道に対するイメージや、描く作品そのものの印象まで変わってしまうと思いました」

 北斗星も絵の題材、ライワークだった。北斗星の車窓を観察したり、絵を描いたりする。食堂車のスタッフに顔を覚えられ、「絵の人」と呼ばれるまでになった。

 画家としての鈴木さんは、Webサイトで絵や仕事を紹介していた。そこに載せたメールアドレスに、鈴木さんの絵のファンだという女性からメールが届いた。札幌在住の女性だった。やがて交際に発展。遠距離恋愛である。すぐに会いたいという気持ちはあっても、往復のほとんどは北斗星だったという。恋人と北斗星、どちらも大切だから。

 「いますぐ飛行機で……とは思わなかったですね。北斗星に乗ること自体、私にとっては大切な取材でもありましたから。お互いそれなりに落ち着ける歳だったから、それでも続けられたんでしょうね」

 愛を育むと同時に、鈴木さんの仕事にも変化が現れる。絵の仕事が認められ、絵本を描く仕事が来た。「もう2足のわらじでは無理だ。絵に専念したい」。鈴木さんはシステムエンジニアを辞めて、画家となった。そうなると東京にとどまる必要はない。憧れの北海道、恋人が住む札幌への移住を決意する。2003年12月11日発の「北斗星1号」に乗り、札幌に12日着。その日に入籍。仕事に疲れロイヤルに乗った日から8年が経っていた。

鈴木さんにとって「北斗星」はアトリエでもあった

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