Apple Watchは自動車の応用力を試す存在池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2015年05月11日 09時15分 公開
[池田直渡ITmedia]

自動車とApple Watchは相性が良くない

 安全に運転することを考えると、画面を注視しないと使えないタッチパネルというインターフェイスは、そもそも自動車(ドライバー)と相性が良くない。Apple Watchの小さな画面サイズではなおさらである。

 となれば、運転中にその機能を使うのは当然無理だ。停車中に使うにしても、運転席の近くには、もっと大きなディスプレイがある。画面が大きい上に、注視せずに手さぐりで操作可能な物理スイッチも付いている。クルマの中にいるときには、何もチマチマと腕時計端末の小さなディスプレイを使う必要はないのだ。

ポルシェ パナメーラのハイブリッドディスプレイ。下部の物理スイッチは画面を見なくても操作できる

 だからApple Watchの位置づけはクルマのサテライトモニターであり、利用シーンは原則的に車両から離れている時に限られる。そういう筋道で考えられていることは、上述の機能をみればよく分かる。

変わりゆくポルシェ

リアにエンジンを置いてリアを駆動するRRレイアウト(上、ポルシェ911)と、フロントにエンジンを置きリアを駆動するFRレイアウト(下、ポルシェ928)

 世界中には数多くの自動車メーカーがあるが、ポルシェはクルマを走らせるためには何がどうなっているべきかについて一番分かっている会社だ。ポルシェ911という看板商品はRR(リアエンジンリアドライブ)を代表するクルマだが、RRはそもそも仕立てが難しい。RRを速く走らせるというトライアルについて、世界中のポルシェ以外のメーカーは遅くとも1970年代には諦めた。

 実はポルシェも同時期に看板モデルを911から928と924という2台のコンベンショナルなFRに切り替えを図ったのだが、マーケットがそれを認めてくれなかった。ポルシェ自身が「時代遅れ」と判断した911を、顧客は支持したのである。

 以来ポルシェは、基本レイアウトに無理があるクルマを高速で走らせるために、世界一真面目なエンジニアリングを構築し続けてきた。真剣に作らなければちゃんと走らないシステムだからだ。そして顧客もポルシェのその真剣な取り組みと高い到達レベルを知っているから、ポルシェはブランドとしての信頼を築いているのだ。

 そういうメーカーであるポルシェが、Apple Watchという「話題商品ありき」でこうしたコラボレーション企画を行うことに、筆者は時代の移り変わりを感じざるを得ない。かつてのポルシェなら、必然性のないエンジニアリングは一顧だにしなかったのではないだろうか? 最初にこのリリースを見た時、筆者はそう感じた。

 少しずつポルシェは変わりつつある。物理スイッチは価格が高い。マルチモニターのアイコンなら、どんなに機能を増やしてもそれによってスイッチ類が増えていくことはない。例え運転中に手触りだけで操作ができなくなろうとも、コストとデザインで有利だ。物理スイッチは一例に過ぎないが、本気で走るエンジニアやデザイナーなら死守するはずのこうしたインターフェイスが徐々に減っていることを筆者は感じていた。そこへスマートフォンとウェアラブル端末の話が出てきたわけだ。

 今回のApple Watch+ポルシェカーコネクトでできる機能は、必要不可欠というレベルのものではないと思う。「まずはやってみた」というのが正直なところだろう。しかしその一方で「携帯端末やウェアラブル端末とクルマのコミュニケーションが、将来にわたっても何も新しいものを生み出さない」とは断言できない。最初から否定的に捉えるばかりでは進歩がないのもまた事実だ。

Apple Watchによって試される応用力

 Apple Watchに限らずいつもそうなのだが、Appleという会社は新しいデバイスをどう使えば便利かはまったく示唆してくれない。「こんな面白いものを作ったから、みんなで使い方を考えてね。面白く使えるでしょう?」と放り出すのだ。

 だからポルシェのエンジニアと同じように、この難易度の高い宿題を、今も世界中のありとあらゆるジャンルの人々が必死に解いている。その絵柄はちょっとギリシャ神話のスフィンクスのなぞなぞを連想させる。Apple Watchはなぞなぞの答えが間違っていたとしてもエンジニアを食い殺したりはしないが、もし正解を導き出したら莫大な先行者利益を上げることができるからだ。

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