“問い続ける男”が教えてくれる、“続けさせるマーケティング”――アウディ:郷好文の“うふふ”マーケティング
アウディ ジャパンのキャンペーン「問い続ける男」が面白い。ある時は哲学的に、ある時は怒りながらこちらの質問に答えてくれるのだ。単なる言葉のゲームではなく、「問い続ける=中毒性」が成立することに“巧妙”さがうかがえる。
著者プロフィール:郷 好文
マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」
アウディ ジャパンのWebキャンペーン「問い続ける男」で、あなたは問い続けているだろうか? これはアウディが1月21日より3カ月間限定で行っているブランドキャンペーンだ。考える男のポーズをとる“Questioning man”に「○○は何か」と問いかけると、簡潔かつウィットに富んだ答えがメールで即座に返信されてくる。その面白さがウケて、すでに100万以上のアクセス、24万件の疑問が寄せられている。
Webサイトにアクセスすると、3月になって花粉症気味なのか、マスクをするQuestioning manが現れる。ためしに「“欲望を駆り立てる造形”とは何か?」と書き込む。自分のメールアドレス(携帯でも可)を入れて送信すると、Questioning manが手にする携帯に着信し、答えをチャカチャカッと打つ仕草をして返信してくる。
“欲望を駆り立てる造形”とは何か? に対するQuestioning manの答えは、「欲望を駆り立てる造形について問うことは、井戸の中の蛙が、世界について考えているようなものだ。まずは井戸を出なくてはならん。考えるのはそれからだ」
何ともいえない不条理な答え。次いで、イタズラ好きの筆者は「レクサスとは何か?」と入れてみた。すると返ってきた答えはこうだった。
「物事を問い続けるそのひたむきな姿勢、悪くないぞ。質問にお答えしよう。レクサスか。わざわざ無難に済ませることはないだろう」
無難な車だって!? Questioning manの答えのデータベースに「レクサス」はあらかじめ登録されていたのだ。さらに意地悪をして「ポルシェとは何か?」と訊ねると、「ポルシェか。ふん、その質問は嫌がらせか? そんな問いに答えるわけがないだろう」とここまで。Questioning man、怒るのがカワイイ。しばらく質問をしないと、貧乏ゆすりをしたり、指をもぞもぞさせたり、あくびもする。
“続けさせる”プロモーションの巧みさ
この「問い続けさせる」プロモーション、まず“続けさせる”点が巧みである。
広告や販促とは、消費者の認知度を上げ、登録や資料請求、試乗や購買行動に移させるまでの「投下費用対効果」でしか測られない冷徹な世界である。で、どのくらいレスがあった? これが掟。だからアクセスさせるまでの面白さや話題性が必須である。
アクセスを増やすには「○○させ続ける」のがいい。集め続け、食べ続けて、並び続けて語り続ける。そんな現象を起こしたい。「パンダ」や「お弁当」のフィギュア、集めましたよね? パンでお皿を集め続けていませんか? 続けるという習慣性、いいかえれば“中毒にする”のが狙いなのだ。
Questioning manの販促は、「問う」という答えの見つけにくい活動がテーマである。一休さんの禅問答ではないが、問えば問うほどハマりこむ。続けてしまう。ここが秀逸である。消費の根底には中毒性がある。ブランド構築とは中毒性の開発でもある。
余談だがこの販促で「糸人間」を思いだした。画像の下に言葉を入れると、糸人間が反応するかしないかを遊ぶ言葉のゲーム。間違うと首を振る糸人間をウンと言わせたくてハマった。心の中毒性を利用した巧みなプログラムだった。
問うのは苦業であり、リスクである
問われて答えるのは苦痛でもある。この販促、もう1つ巧みなのは「問い」を“苦行”と思わせず軽くしたところだ。
私は酒の席で「君はなぜこの仕事をしているのか? 本当は何をしたいんだ?」と問い詰められて苦しい思いをしたことがある。その質問に真っ向から答えると転職せざるを得ない。本当は何をしたいのか? と心の中を照らし続けると、やりたいことは社会のお役に立つという名目よりも、もっと利己的なことに突き当たる。問い続けるのはリスクなので、Questioning manで遊ぶぐらいにしておこう。
だがアウディには問い続ける男がいる。代表車種のデザインを手掛けてきた日本人デザイナー、和田智さんである。
アウディの顔を問い続けた男
和田さんは1998年夏に日産自動車からアウディAGに移籍、コンセプトカーを手掛けた後、プレミアムセダン「A6」、2ドア4シーターのラグジュアリークーペ「A5」を担当した。
私は2004年の「ID FORUM TOKYO 2004」で和田さんの講演「アウディデザインにおけるエモーショナルスピリッツ」を聞いた。A6のデザイン・プロセスでは社長から徹底的な議論に参加してくること、デザインは複数チームによる社内コンペで、敗れた者は去るという話もあった。このときの彼の問いの1つは“アウディの顔”だった。
それ以前のアウディ車のデザインは、4つのリングをヨコ一線にグリルに並べ、バンパーでグリルを上下に分割するデザインだった。それを“シングルフレーム”という大きなラジエターグリルで1つにしたのが和田デザイン案だった。長い議論を経て採用された新しいA6の顔は、その後のアウディ車デザインのブレイクスルーになった。「過去のデザインの本質を未来へと伝えること」が彼のデザインのモットーだという。
欲望を駆り立てる造形の答えとは
講演で映されたCG映像は、裸体の男性が走り、競泳をするうちにA6の車体に変化してゆくものだった。マッシブ(重量感)でシャープで直線的なA6のボディ・デザインのモチーフは、男性の強靱な肉体だった。
それに対して2007年に発売したA5クーペは、女体の曲線美がモチーフだ。女体の曲面の美しさをボディに表現するため、あえてCADを使わず、昔ながらの手作りでのデザイン造形にこだわった。“欲望を駆り立てる造形”とはA5の広告コピーである。和田さんは車を人に模して、造形美を問い続けている。
私がQuestioning manに尋ねた「欲望を駆り立てる造形とは何か?」の答えは、「まず井戸を出よ、それから考えろ」だった。和田さん、まさに日本という井戸を出て世界に飛び出し、アウディとは何かを問い続けた。Questioning man、そこまで深読みしたのだろうか?
問い続けると奧が深かった「問い続ける男」のプロモーション、なぜ販促キャンペーンは「Questioning」なのか? さらに問い続けると、社名にその答えが見つかった。“Audi”とはラテン語で“聞く”という意味なのだ。
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