第3回 ファイナンスの基本:保田先生! 600秒でファイナンスを教えてください(7/7 ページ)
約10分で“分かりやすく”ファイナンスについて説明する保田隆明氏の連載。これまで決算書は細かい部分まで理解する必要はなく、図で覚えることの重要性を解説した。では図で覚えて、実際にどのように使えばいいのだろうか?
楽観シナリオの場合でも、5年経ってやっと5億円を取り戻す状況です。現実シナリオに至っては5年経ってもまだ回収できていません。仕事で身近なのは、「利益を出す・黒字化する」という観点なので、「黒字になれば問題ない」と考えがちですが、この「投資額に対してリターンを上げる」という観点も非常に重要なのです。
「投資額に対して年率何パーセントのリターンを上げないといけないのか」を示す数値がハードルレートなのです。
例えば、5億円を投資して5年後にはハードルレート8%を回収するのであれば、先程の楽観シナリオすら上回る図30のような"パラダイス"ケースを実現する必要があります。
投資額5億円に対して5年間のトータルで7億円回収できるのであれば、40%もリターンがあるように思えますが、それはあくまで「トータルでのリターン」です。これを年率のリターンに計算し直すと7.6%になります(40%÷5年=8%とならないのはIRRで計算しているためです。IRRについては後述します)。これでやっと社内で求められているハードルレートの8%の達成に近づきました。
では、なぜこういう投資額に対するリターンを考慮したハードルレートが重要なのでしょうか?
前述の新規事業のレストラン開業に使う5億円を「銀行から借りる場合」を想定してみます。
毎年銀行に対しては利息を支払う必要があります。金利が3%とすると、これが資金を調達するコストになります。5億円を借りた事業投資であれば、黒字であってもそのリターンが年率2%程度であれば、借りたお金の金利すら支払えない、という状態となってしまいます。
したがって、事業投資を考える上では「単にリターンを出して黒字化すればいい」というのではなく、「使ったお金のコスト以上の利益を出す」必要があるのです。
企業のお金は「借入金として調達したもの」、もしくは「株主から調達したもの」の2つに分けられます。仮に金利3%で全額借入金で調達していれば、投資額に対して最低でも年率3%のリターンを出す必要があります。
ハードルレートとは、このように「投資に使うお金のコスト以上のリターンを達成するためのレート」として設定されるのです。
なお、ペラトンホテルのレストランの例では、「5年という短いスパンではなく10年、20年と長いスパンで見るべきなのでは?」という意見もあるかと思います。これももっともです。
そこで、先ほどの図29の楽観シナリオを10年目まで延ばして考えてみましょう(次ページ図31参照)。ここでは6年後以降は5年後の収益と同じ収益が継続するもの、として仮定します。
この場合、5年間では投資額の5億円を回収してトントンでしたが、10年間での投資回収額は20億円となり、当初投資額の5億円の4倍、年率リターンで換算しても22%となり、ハードルレートである8%を大きく上回ります。
「ほら、10年でみると魅力的な投資案件なんだから、ぜひ実行しましょう」という意見が聞こえてきそうです。実際、6年目までの予想をもとにIRR算出をすると年率リターンは9%、7年目まで計算するとIRRは14%を達成することになるので、投資するかしないかを判断する際に5年目までの収益予想しか見ないのはもったいない、という気もします。
一方で、事業環境の変化が激しい昨今において、向こう1〜2年の収益を予想することすら困難なのに、5年、10年後の収益予測を信頼して投資を決定することはリスクが高すぎる、という意見も存在します。収益予想を長く取れば取るほどにリターンは高くなるのですが、当初予定を全くクリアできていない社内プロジェクトがゴロゴロしていることは皆さんもご存知だと思います。
したがって、ここでは「投資回収までの期間」も事前に決めておき、「その期間内にハードルレートを達成できる案件のみに投資する」という考え方をする企業が大半です。そして、その投資回収期間は5年〜7年程度に設定されることが多くなっています。
ハードルレートの概念はだいたいご理解いただけたことと思います。次回はなぜこのハードルレートが重要なのか、そしてどうやってハードルレートが決まるのかを見ていきましょう。
→次回に続く。
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著者プロフィール:保田隆明
外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou
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