観光とエコロジーの両立を目指して――ドイツ・黒い森のエコツーリズム(前編):松田雅央の時事日想・特別編(2/2 ページ)
地域の環境資源を生かした「エコツーリズム」という観光スタイルが、最近登場している。エコツーリズムを実現させるためには、「観光利用」「林業」「生態系保護」「森林所有者の権利」などが絡み合う複雑な問題を解決しなければならない。今回はドイツ・黒い森でのエコツアーに参加し、エコツーリズムについて考えてみた。
森を「守る」ことと「利用する」ことを両立
豊かな森の維持もエコツーリズムに直接関連する重要な課題である。しかし「観光利用」「林業」「生態系保護」「森林所有者の権利」の絡みは複雑だ。
まず森の利用形態だが、ドイツの森は自然保護区を除き、すべて観光と林業に平行利用されている。
黒い森をハイキングすると、歩道が高い密度で張り巡らされていることと、休憩・食事・宿泊のできるヒュッテ(山小屋)の多いことに驚かされる。
一方の林業は必ずしも生産性の高い産業ではないが、ここ数年国際的なエネルギー価格の高騰と環境意識の高まりから、燃料としての利用(薪、木材チップ、木材ペレット)が盛んになり、このことが林業再生に一役買っている。森の多い地域にとって、観光と林業の両立は経済的に非常に重要なポイントだ。
森の生態系に関して1つ問題となるのは、森林所有者の意見とのすり合わせである。
針葉樹を中心とするモノカルチャー的な森は、嵐や害虫といった自然災害に対し脆弱だ。そのため、森林局は広葉樹を増やして自然の生態系に近付け、災害に耐性のある森を育成したいと考えている。しかし林業の効率が落ちるため、私有林所有者の同意を得ることは難しいのだ。
また、森の生態系保護と観光利用もしばしば対立する。
生態系を完全に守ろうと思えば立ち入り禁止が理想であろう。しかし、人間と自然を完全に隔てては観光が成り立たないし、そもそもエコツーリズムの目的は人間をできる限り自然に近付けることである。
ここで鍵を握るのは、観光客への情報提供と環境啓蒙だ。「森の生態系とはどういうものなのか」「なぜ歩道以外を歩いてはいけないのか」といったことを、各種パンフレットや講習会を通して訪れる人に啓蒙している。
ゲンゲンバッハにあるマッテンホフ・林業訓練センターでは、林業を目指す若者に技術と理論を教えている。また、森のエキスパートとして市民向け啓蒙活動(子供向けの森の教室、森のガイドなど)の指導者を養成するプログラムもある。下の写真で教育部門責任者ヴァルター氏が手にしているのは植林用のスコップ。
新たなレジャーにも対応
時代とともに人気のレジャーも移り変わる。
最近の流行はノルディックウォーキング(ストックを持ち、上半身を使いながら歩く夏場のスポーツ)とマウンテンバイク。そういった(この地にとっての)新種のスポーツに対応して、インフラの整備だけでなく、広域のプロジェクトとしてGPSを使った携帯ガイド機器の貸し出しや、ITを使った情報提供も始めている。
例えば「ベビーカーを押してハイキングしたい」という家族には、上り下りが少なく、歩道の幅が広めで、路面状況の良好なコースが適している。千差万別の要望に応じた個別情報を検索し、オリジナルのエコツアーを自分で企画できるのだ。
さて、次回はゲンゲンバッハの農家民宿に焦点を当て、エコをキーワードとした都会と農村の交流や、特産物の生産販売についてレポートしたい。
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