ガンダムは作品ではなく“コンセプト”――富野由悠季氏、アニメを語る(後編)(4/4 ページ)
『機動戦士ガンダム』の監督として知られる富野由悠季氏が7月7日、東京・有楽町の日本外国特派員協会に登場、自らの半生や映画哲学などについての講演と質疑応答を行った。後編では質疑応答の内容を詳しくお伝えする。
アニメという媒体の強み
――今のアニメスタジオはヒット作品を作らなければいけないのですが、小さな会社では中々リスクをとれないという現状があります。全体主義という話とも関連するのですが、これについてどう思いますか?
富野 (どういう作品がヒットするかという)問題に対して我々が回答を持っていないからこそ悪戦苦闘しているのであって、回答を持っていれば誰も何もやりませんし、勝手に暮らしていると思いますので、「成功する方法があったら教えてください」としか言えません。
僕が全体主義の言葉を持ち出した理由として、1つはっきりとした想定があります。「愚衆政治、多数決が正しいか」ということについては正しいとは言えない部分があるし、つまらない方向にいくだろうという部分もあります。本来、ヒットするアートや作品というものは絶対に利益主義から生まれません。固有の才能を大事にしなければいけないのに、全体主義が才能をつぶしている可能性はなきにしもあらずです。ただ、スタジオを経営するためには『トイストーリー』を作り続けなければならない、という事情があることもよく分かる。「じゃあそこをどういう風にするか」ということについては、やってみなければ分からないから、やるしかないのです。
――将来の夢ということで、ロボットのジャンルを使って全体主義の危険性について訴えたいとおっしゃっていたと思うのですが、ジョージ・オーウェル※についてどう思いますか。何か影響を受けていますか?
富野 誠に申し訳ないのですがジョージ・オーウェルは1冊も読んでいません。存在は知っています。コンセプトも解説文程度は知っています。なぜ読まなかったか、なぜ避けてきたかというと、もともと小説が読めない人間で、SFも読まない人間だからです。
ただ、オーウェルについて承知していることがあります。オーウェルの時代の言葉使いで語られている全体主義論、社会主義論は、現代に持ち込んだら伝わらないだろうということです。つまり、「作品として固有な存在であればあるほど、時代性の表現に取り込まれてしまって未来につながる表現になっていない」という感じがオーウェルからにおってきたというのが僕の感触です。
自分の恥を語るのですが、ハンナ・アーレントを知ったのは2008年です。ハンナ・アーレントの考え方は僕とかなり近いものがあって共感は持ったのですが、あの文章の書き方ではハンナ・アーレントが一般的に愛される政治哲学者になるとは思えませんでした。
彼女が指摘しているものの考え方でビックリしたことは、「歴史を冷戦以前と以後で区切るべきだ」ということです。2007年までの僕は、歴史というものは第二次大戦前と後と考えていたのです。しかし、彼女が指摘している通り、冷戦以前と冷戦以後で根本的に世界構造、それと認識論も違います。
2008年に知ったということは今も勉強中で、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』は今読んでいる最中です。ですからまだ全容は分かっていませんが、少なくとも彼女のものの考え方のロジックを一般化するために、アニメという媒体はとても便利だと、ようやく理解することができるようになりました。つまり、「アニメという表現媒体は時代性に支配されずに、コンセプトを伝える媒体なのかもしれない」と明確になったわけです。
ハンナ・アーレントは「テロというのはアルカイダが起こすのではなくて、全体主義が起こすものだ」ということを言っているのですが、今の話をお分かりになる方はそんなにいないと思います。これから30年かけて、これを分からせたいということです。
もうちょっとだけやさしい話をすると、ハンナ・アーレントが言っている言葉で一番好きな言葉は政治というのはどういう行為かということです。彼女は「人と人の間をつなぐのが政治である」と説明しています。日本の政治家は恐らく政治というのは選挙をやることが政治だと思っているのではないでしょうか。
僕は幸いにして年寄りになりました。年寄りの立場からでしたら、こういうような言葉をロボットアニメのスタイルやかわいい系のアニメに加担して物語ることができるのではないのかなというぐらいの欲望を持っていいのではないかと思うようになりました。
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