自分の奥さんを「ママ」と呼ぶ――日本語の“常識”が日本人を英語ベタにする:ビジネス英語の歩き方(2/2 ページ)
日本人は無意識のうちに「相手との関係性」に応じた日本語を使い分けています。これをモダリティといいますが、この意識が強すぎることが英語でのコミュニケーションを邪魔しているのです。
日本語会話の常識が英会話の邪魔になる
英語と日本語の非常に大きな違いは、このモダリティに関する重視度の違いにもよく表れています。例えば「お腹がすいた」を英語でいえば、
I am hungry.
これだけです。誰が言っても、誰に言っても変わりません。
しかし、これが日本語になると、
腹すいた〜
お腹がすきました
腹すいたよ
腹へった〜
といったさまざまな表現の中から、その場の雰囲気、相手と自分の関係性などを踏まえて、一瞬で最適なものを導くことが求められます。外国人向けの日本語教材に出てくる「私はお腹がすきました」のような表現は、日常でお目にかかることはありません。
重要な取引先を「腹へった、昼飯にしようか?」と誘ったら、その瞬間にビジネスは終わりになるでしょう。逆に、親友に対して「お腹がすきましたね。お昼にしましょうか?」といえば、変な空気が流れ、疑心暗鬼を誘うことになりかねません。正しいモダリティをいかに選び続けるか。これが日本語のコミュニケーションでは、決定的に大切になります。
英語を話そうとするときに、この日本語のモダリティ意識が邪魔します。日本語として正しく話そうとするあまり、英語で気を付けるべき数の一致や、主語と動詞の一貫性(三単現=三人称、単数、現在の主語の場合、動詞にsがつくなど)といった大事な点がおろそかになります。ロジックへの集中も弱くなります。
自分の奥さんを「ママ」と呼ぶ日本人
筆者の体験を、恥を忍んで紹介しましょう。米国に住んでいたときの話です。隣のアパートの住人と夫婦2人で話をしていて、妻に向かって「ママ、あれを取ってよ」と言ったことがありました。日本語で言ったのですが、「ママ」というところに気が付いた米国人が「Oh、Cute!」と、さも珍しいものを見たという感じで嘆声(たんせい)を上げたのです。
日本人家庭で子供が生まれると、たいてい夫は妻のことを「ママ」とか「お母さん」と呼ぶようになります。これも考えてみれば非常に日本特異な現象で、海外ではあまり見られないようです。隣の奥さんは、自分の妻に向かって「ママ、〜してよ」と、まるで子供のように言った筆者にたまげたわけです。
日本では、相手をその人が属する組織やグループ(家族、会社など)の中でおかれている立場で認識する度合いが非常に高く、その認識に基づいてモダリティを選んでいます。社会人になると、佐藤とか鈴木といった名前でなく、「課長」とか「専務」などと肩書で相手を呼ぶケースもあります。
日本に住んでいると当たり前であることに慣れてしまって、ここに違和感を抱く人は少ないことでしょう。こうした例は山ほどあるのですが、いつまで挙げてもきりがありません。
英語で言い方を間違えたら、気軽に言い直せばいい
今回は、日本にいると認識しにくいテーマになりました。結論から言えば、「英語を話すときには、相手との関係性ではなく、言いたい内容をいかに正確に相手に伝えるかだけに集中する」という意識でのぞんでほしいと思います。そのためには、英語独特のロジックの精密さ、主語をはっきりさせる必要を強く意識することが非常に大事になります。
日本語では敬語表現を1つでも間違えると、致命傷となってその場のやり取りすべてがダメになることがあります。
しかし、英語を話していて、もし間違ったと思ったら、
- Let me correct what I said.
- What I meant was 〜.
- I mean〜
といった言い方を使って、自由に訂正できます。「高いですね」と言うべきところで「高いな」と言ってしまったときに後戻りができない日本語の不自由さとは違うのです。
英語をしゃべるときは気楽に。これをいつも思い出してください。
著者プロフィール:河口鴻三(かわぐち・こうぞう)
1947年、山梨県生まれ。一橋大学社会学部卒業、スタンフォード大学コミュニケーション学部修士課程修了。日本と米国で、出版に従事。カリフォルニアとニューヨークに合計12年滞在。講談社アメリカ副社長として『Having Our Say』など240冊の英文書を刊行。2000年に帰国。現在は、外資系経営コンサルティング会社でマーケティング担当プリンシパル。異文化経営学会、日本エッセイストクラブ会員。
主な著書に『和製英語が役に立つ』(文春新書)、『外資で働くためのキャリアアップ英語術』(日本経済新聞社)がある。
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