米球界で失敗した二人のサムライから、私たちが学ぶこと:臼北信行のスポーツ裏ネタ通信(2/4 ページ)
マー君やダルビッシュが活躍する裏で、期待される活躍ができずに米国で迷走する二人の現役日本人プレーヤーがいる。アスレチックスの中島内野手、カブスの藤川投手。この二人の現状を知り、改めて私たちビジネスパーソンに通じる教訓としよう。
アスレチックスの中島内野手、メジャー球団の誤算と落胆
最初に、なぜこういうテーマにしようと思ったのか。それはオークランド・アスレチックスのビリー・ビーンGMがつい最近、地元紙『オークランド・トリビューン』のインタビューに応じて次のようなコメントを怒りの口調とともに発したからだ。
「正直に話すが、ナカジマの獲得は大失敗だった。大金を積めばいい選手が獲れるという考えは、やはり浅はかだったということが図らずも証明された。これは大いに反省すべき材料であり、今後の教訓として球団の運営方針に生かさなければならない」
「ナカジマ」とは中島裕之内野手のことだ。アスレチックスは2012年12月、日本の西武ライオンズからFA(フリーエージェント:いずれの球団とも選手契約を締結できる権利を持つ選手)となった中島を正遊撃手として獲得。総額650万ドル(約6億6000万円)の2年契約を結び、その入団当時は大きな話題を呼んだ。
映画化されたノンフィクション小説『マネー・ボール』(2012年/ブラッド・ピット主演)の題材にもなったビーンGM率いるアスレチックスは、コストカットと独自のデータ分析によって隠れた格安の名選手を獲得することで知られる球団だ。選手獲得にシビアな目を持つアスレチックスがこれだけの大金を投じたのだから「ナカジマは相当なビッグプレーヤーに違いない」と周囲の期待が膨らんだのも当然の流れだった。
ところが、ふたを開けてみると中島はサッパリ。人工芝が主だった日本のグラウンドと違い、メジャーリーグの大半の球場は天然芝である。この違いが大きなネックとなったようで、中島は守備の面で日本の人工芝球場と速さの異なる打球の処理に苦しみ、その悪いリズムが打撃にも悪い影響を与えた。
昨季(2013年)に続いて今季も開幕をマイナーリーグで迎えた中島は、ここまで一日もメジャーでプレイすることがないまま、ついに4月30日に3Aから2Aに降格。簡単に言えば「三軍」に落とされてしまったのである。これで、今季のメジャー昇格はもはや絶望的となったと見ていい。アスレチックス担当記者の一人は次のように打ち明けた。
「アスレチックスのミステイクは、ナカジマがもともと守備が日本でもうまくなかったことを見抜いていなかった点。そんなプレーヤーが芝生の変わるグラウンドで好捕できるわけがない。それにこれだけの大型契約を最初から提示してしまったことで、ナカジマ本人に甘えが生じてハングリーさを失ったのもマイナスだった。しかし、アスレチックスにとって何より痛かったのはナカジマがメジャーに昇格できず、日本の大口スポンサーが集まらなかったことだ。ビーンGMやボブ・メルビン監督ら現場スタッフは当初、多少期待外れでもナカジマをメジャーに昇格させるつもりだったが、あまりに酷すぎて使い物にならず、結局目をつぶることができなくなった。それで泣く泣くマイナーに落としたという話を聞いている」
聞くところによると、中島が2013年にメジャーで開幕を迎え、当初の予定通りにスタメン定着を果たしていれば、米国でも市場を持つ日本の大手清涼飲料水メーカーとスポーツ用品メーカーの2社がアスレチックスの本拠地球場に広告看板を出すつもりだったという。その広告料は2社合わせて、およそ年間200万ドル(約2億円)。さらにアスレチックス側は中島の活躍によって、その他の広告料、グッズ収入、日本のテレビ局からの放映権料などとも合わせて「1000万ドル(約10億2000万円)前後の総収益を見込んでいた」という話もある。
どうやらアスレチックスは中島の能力だけを評価していたのではなく、日本人メジャーリーガーとして広告塔となることも期待していたようだ。コストカッターとして球団の健全経営を貫くビーンGMが2年契約で650万ドルもの額を中島に提示したのも、それを見込んた先行投資と考えれば辻褄も合う。
しかし、こうソロバンを弾いていたアスレチックスの思惑はまんまと外れ、差し引き1000万ドル前後の黒字を生み出すつもりがパーになってしまったのだから、普段は温厚なはずのビーンGMが中島についてだけは怒り口調になるのも理解できる。中島はアスレチックスおよびビーンGMにとって、とんだ不良債権となってしまったことになる。
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