「ネットダフ屋を締め上げろ」──鉄道業界はなぜ無策なのか:杉山淳一の時事日想(3/5 ページ)
運行が終了する寝台特急「トワイライトエクスプレス」をはじめ、人気列車の指定券や寝台券は入手しにくい。が、オークションサイトではこれらが高値で取引されている。こんな状態を放置してはいけない。
指定席の転売がダメな理由
ネットオークションで買えるなら、高くてもいいので乗りたい人が乗れるではないか。希少価値があるから高い。オークションの取引価格が相場である。そう思うかもしれない。しかし、価格の高低にかかわらず、ダフ屋行為はダメだ。チケットのネットオークションもダメだ。なぜダメかを挙げていく。法律で禁止されるからダメ、という杓子定規な話ではない。
(1)反社会勢力の資金源になる
現在は個人の転売屋が出品しているだけかもしれない。しかし、コンサート会場のダフ屋と同じで、もうかるとなれば「彼ら」のお出ましとなろう。最近はゲームショウやモーターショウの関係者招待日まで「彼ら」が来ている。不定期なイベントに比べると、希少で高値になる定期列車の指定席は「彼ら」にとって安定的な収入源になってしまう。
(2)「本当に乗りたい人が正価で買う権利」をダフ屋が奪っている
権利の窃盗である。私にはこれが最も許しがたい。きっぷは駅または旅行代理店で正価で販売されている。JRの指定席券は乗車日の1カ月前の朝10時発売だ。だからその列車に乗りたい鉄道ファンは空いている窓口を狙い、10時ピッタリに指定券発行端末を操作してもらう。鉄道ファンにはおなじみの「10時打ち」である。あるいは窓口に足しげく通ってキャンセル待ちを狙う。
ネットオークション出品者の多くもそうだろう。しかし、転売目的で購入している。本当はその時、別の乗りたい人が申し込んでいるはずだ。乗車券において「乗りたい人の権利を乗るつもりのない者が奪う」とは許しがたい。
(3)鉄道の旅そのものを衰退させる
「どうせ買えない」「ネットオークションで割高なきっぷを買ってまで乗らない」そんな状況になってしまったら、人気列車なのに、乗ろうという人がいなくなる。
どんな分野も、正価で買えない商品はいずれ嫌われる。もっとも、人気があっても「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」「北斗星」は悲しいが消えていく運命だ。しかし、この3列車が消えても、別の人気列車のチケットがネットオークションの“ネタ”になるだろう。特にJR九州の観光列車が危ない。宮崎県と鹿児島県にはダフ屋行為を禁じた条例がないからだ。宮崎駅や鹿児島駅前で「SL人吉のきっぷあるよ〜」「いぶたま(指宿のたまて箱)のきっぷあるよ〜」「海幸山幸のきっぷあるよ〜」なんて奴らが出てきても、取り締まる条例がそこにはない。
(4)鉄道会社の機会損失である
需要と供給の原理に照らせば、ネットオークションで売買されている値段は、それこそが市場価格である。その考えは一理ある。その値段が市場価格だとして、その利益を誰が得るべきか。
鉄道会社である。ネットオークション出品者ではない。鉄道会社がオークション出品を黙認する行為は、本来、自らが得るべき利益を見過ごしている。そんなことをしているから赤字列車が生まれ、廃止せざるを得なくなる。ネットオークション価格の横行は、鉄道会社の価格設定の失敗が原因ともいえる。その意味でもネットオークションの転売を放置してはいけない。
もっとも、鉄道会社がこうした状況を憂慮(ゆうりょ)して定期寝台列車を廃止し、申し込み抽選制の豪華列車の開発に切り替えるのだとしたら、それもひとつの見識だろうとは思う。
(5)鉄道会社の法令順守が疑われる
鉄道会社がオークション転売を放置してはいけないもうひとつの理由は、指定券のオークション販売が鉄道会社や旅行会社内の不正の温床になるからだ。
2014年3月28日、JR西日本の車掌が懲戒解雇された(参考リンク JR西車掌がヤフオクで人気列車のプレミアチケット転売 売れ残りは払い戻し、手数料13万支払わず…懲戒解雇:2014年3月28日 産経新聞)。この車掌は駅窓口の経験があり、犯行時点は職務権限がないにも関わらず端末を操作して不正に寝台券などを入手。ネットオークションに出品し、私腹を肥やした。売れ残った場合は手数料無しで払い戻していたというから、金銭的リスクのない裏ビジネスだった。
ほかにも人気列車のチケットを巡り、ネットでは別の鉄道会社関係者もネットオークション転売に関与しているとのうわさがある。オークションサイトでは同一IDでチケットの出品が続いており、内部関係者でなければ不可能といううわさもある。最初は正価で売り出して善良な出品者を装っているけれど、別人になりすましたIDで落札価格をつり上げているようだ。もちろん詳細は不明だが、ただでさえ入手しにくいチケットを「インサイダー取引」で買い占められてしまっては、もう一般の人には手が出せないではないか。
こうした疑惑を一掃するためにも、鉄道会社はネットオークションの対策をすべきだ。
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