JRの運転士が「水を飲んだら報告」だった理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/3 ページ)
業務上、世間の常識とはちょっと違うルールがある。それは運輸業だけに限らず、さまざまな業界に多少はつきものだ。ただし、それが「今までそうだったから」で続いているとしたら、再検証が必要だ。あなたの会社にも、理由が曖昧なまま続いている「悪しき慣習」があるかもしれない。
古い会社ほど慣習にとらわれる
当時の鉄道ファンが「青春18きっぷ」を手に、廃止されそうな赤字ローカル線を巡り、文字通り青春を謳歌していたころ、彼らを乗せる国鉄職員のモラル低下は最悪な事態となり、改革の大ナタが振るわれた。もし、現在もJRの現場職員がほかの仕事に比べて不合理な規則に縛られていたとしたら、それはこうした過去の綱紀粛正の慣習が残っているからかもしれない。酒を飲むな、誤解の恐れがあるから水も乗客から見えないところで。少し緩和して、飲んでも良いけど苦情がなかったか報告せよ、というような……。
しかし、この慣習を固持したために、運転士が水分不足で体調を崩すといった事件がたびたび起きた。そこでJR東海はやっと労働条件を見直し、水分補給の重要性を高くして、今回の“規制緩和”につながった。歴史のある職場ほど「昔やっていてうまくいったから、そのままでいい」という考えのお偉いさんが多い中、今回のJR東海の決断は評価できる。
体調管理、健康問題については、医療や科学の発達とともに変化している。私の子どものころは、スポーツの最中に水を飲んではいけないと教わった。お腹を壊すとか、身体を冷やして心臓に負担がかかるとか。しかし、今や補水は最重要視されている。マラソン大会では給水ポイントがある。夏の工事現場では「水を飲め、塩をなめろ」と声が掛かる。事務系の仕事もそうだ。お茶以外の甘い飲み物を持ち込むと、古株は良い顔をしなかった。しかし今は、甘かろうとしょっぱかろうと、水分補給の重要性が認知されている。時代は変わっているのだ。適切な対応が必要だ。
JRの発足から28年が経過した。国鉄からJRになり、社内の空気も変わっただろう。少なくとも乗客から見て、私が少年時代に見聞きしたような「親方日の丸」といった態度の職員は見掛けない。ほかのサービス業と同等かそれ以上の接客になっていると思う。この機会に、職場にはびこる慣習を総点検して、働く人の健康を重視したルールを作ったほうがいい。特に鉄道は人の命を乗せる仕事だ。職員の心身の健康が安全維持につながる。
JR東海の決断を他山の石として、私たちの仕事のやり方、健康管理法も見直そう。
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