JRの運転士が「水を飲んだら報告」だった理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/3 ページ)
業務上、世間の常識とはちょっと違うルールがある。それは運輸業だけに限らず、さまざまな業界に多少はつきものだ。ただし、それが「今までそうだったから」で続いているとしたら、再検証が必要だ。あなたの会社にも、理由が曖昧なまま続いている「悪しき慣習」があるかもしれない。
過去の恩讐が締め付けの原因か?
私が「国鉄時代から……」と引き合いに出した理由は、JR職員に対する窮屈なルールが、国鉄時代の悪しき慣習に由来したのではないか、と思ったからだ。
「運転士」「飲む」というキーワードで連想する列車事故がある。1982年3月の寝台特急「紀伊」脱線事故だ。
紀伊は東京発紀伊勝浦行き。名古屋駅で電気機関車からディーゼル機関車に付け替える必要があった。そのディーゼル機関車がスピードを出し過ぎて客車に激突した。幸いにも死者はなかった。原因は運転士の居眠り運転で、業務前の仮眠休憩中に飲酒していた。当時は大赤字の国鉄の再建問題と、労使関係の悪化、国鉄職員のモラル低下が盛んに報じられた時期だった。
その約2年半後の1984年10月に、寝台特急「富士」脱線事故が起きる。山陽本線の西明石駅構内で、当時の鉄道ファンに大人気だったブルートレイン・富士が脱線した。列車は傾き、客車の側面がホームに激突し、ごっそりとえぐり取られた。その側面は通路側だったため、幸いにも死者はなかった。この事故の原因は飲酒運転そのもの。業務開始前の食事中に飲酒していた。
前述の紀伊の事故以降、国鉄は国から不信感をもたれ、報道からも責め立てられた。マスコミの国鉄職員叩きが始まり、国鉄側は対策に躍起となった。例えば、東京駅で態度が悪いとされた職員52人を処分した。しかしそれがすべて同じ組合だったとして、差別的な扱いを受けた労働者は反発。労使関係はますます悪化した。富士の事故は、そんなこう着状態の中で起きた。
そして、富士の事故で、当時の国鉄運転士のとんでもない習慣が明らかになった。夜行列車では運転士の飲酒が常態化しており、何と、運転士の詰め所にはカップ酒やビールの自動販売機まで設置されていた。これは新聞に写真付きで報じられ、国鉄ぐるみの規律の乱れが問題となった。富士の事故と同日、奇しくも運輸省(当時)は国鉄の分割民営化方針を正式に表明している。翌月には第二次中曽根内閣の改造が行われ、運輸大臣は分割民営化に消極的な細田吉蔵氏から積極派の山下徳夫氏に替わった。
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