インタビュー

2016年、販売奨励金が抑えられてもiPhoneは売れると思う理由神尾寿が語るモバイル業界(3)(3/3 ページ)

キャッシュバックや販売奨励金を抑えられることで、2016年は特にiPhoneが売れなくなるといわれているが、神尾氏はむしろ「逆だと思う」という。また、Android勢が逆襲するために必要なこととは?

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サムスンは2016年からどうブランドを立て直すか?

―― サムスンは日本ではなかなかiPhoneやXperiaを超えて……とまでは行かないですよね。Galaxy S6やGalaxy S6 edgeも端末の出来はとてもいいのですが……。


サムスンの「Galaxy S6 edge」。ITmedia Mobileの「スマートフォン・オブ・ザ・イヤー2015」では見事1位を獲得した

神尾氏 端末自体のできばえは、確かにすごくいいですね。少なくとも、端末の完成度や実力は高いのに、シェアとしてはここまで低く評価されている国は日本くらいでしょう。そういう意味では、サムスンにとって日本は「鬼門」といってもいい。

 その原因の1つは、やはり日本におけるサムスンのブランド戦略のまずさといいますか、拙さによるところが大きいでしょう。とりわけサムスンは、日本進出直後のブランドマーケティングや広告宣伝戦略がひどかった。米国風といいますか、ハードウェアのスペックとコストパフォーマンスばかりを出し過ぎたといいますか。米国ではそれで通じるんですけど、日本の市場はそうではない。またコンシューマー向けの外資系企業としてとても大切な、日本でのイメージ作りがとにかく下手でした。今さらな話ですけれども。

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―― Galaxy S6/Galaxy S6 edgeでは「Galaxy」というブランド名を訴求しました。

神尾氏 サムスンという企業名の訴求も、Galaxyというブランド名の訴求も、日本では一貫した戦略があまり感じられませんでした。サムスンのスマートフォンはモデルチェンジのサイクルが長いので、もっとうまくできたはずのに、と思いますね。

―― ブランドイメージが、Appleとサムスンでどうしてこう差が開いたのか。

神尾氏 Appleの方が日本という国を、日本の市場性というか国民性をよく理解していたからではないでしょうか。

 Appleは欧米でも有数の「親日企業」なのですよ。実際にApple本社にも親日家が多いというのもありますし、それ以上に企業として親日であり、それ以上に親日のアピールが巧みです。Appleは日本が好き、というイメージをうまく出していると思いますよ。例えば、生前のスティーブ・ジョブズ氏はすしが好きで、禅に傾倒していて、京都に何度も足を運んでソニーのウォークマンを高く評価していたとか、親日であることをアピールするエピソードに事欠かない。


故スティーブ・ジョブズ氏がひいきにしていたパロアルトのすし屋「陣匠」。写真はジョブズ氏が最後に注文したという煮穴子を再現してもらったもの。Appleは、ジョブズ氏の日本文化への傾倒をはじめ「親日」のイメージが強い

 またジョブズ氏以外でも、Apple本社の幹部で「日本が大好き」を公言する人は数えきれませんよ。多少はリップサービスもあるのでしょうが、Appleの人たちは本気で日本文化を愛してくれているのだな、と取材中に感じることはとても多いです。

 その姿勢がどこまで戦略に基づくものかは分かりませんが、日本で外資系ブランドを根づかせる上で、親日と日本文化が大好きというメッセージの発信は、とても有効なのです。日本人は、日本を好きになってくれる外国人や外国企業が大好きなのですから。海外ブランドにとって、それが日本市場への正しい入り方といってもいい。

―― 日本の文化や日本の企業を褒めてくれる、リスペクトしている、と。

神尾氏 Appleは親日というイメージがあるので、Appleに好意を持つ一般人は多いのです。メディアの人間も親日の外資企業の方が、読者や視聴者のウケがいいから好意的に取りあげやすい。

 他方で、サムスンは日本のスマートフォン市場に参入するにあたり、「強いサムスン」のイメージ作りを行いました。世界中で日本メーカーを脅かすサムスン、海外で日本企業を追い詰める韓国企業。ソニーやパナソニックなど日本企業よりもサムスンの方が実力があり、世界的に評価が高いのだとアピールして、日本でもサムスンの強さを正しく評価してもらおうとした。一時期、広告だけでなくさまざまなメディアで「強いサムスン」を取り上げた記事や番組が増えたのは、彼らの日本上陸戦略であり、ブランドマーケティングでした。しかしそれで得られたのは、サムスンブランドへの正しい評価でも畏敬の念でもなかった。むしろ反感を買ってしまった面は否めません。

―― サムスンが日本で苦戦しているのは、プロダクトではなくブランド戦略が悪かったわけですね。

神尾氏 そう思いますよ。今のプロダクトは悪くない。特にGalaxy Noteあたりからはオリジナリティーも出せていますし。日本人は「元祖」とか「老舗」を評価する傾向が強いので、iPhoneのイメージに引きずられた初期のGalaxy Sシリーズは別として、Galaxy Noteはオリジナリティーでブランド訴求できたはずなのです。

 それがうまくいかなかったのは、最初期のブランディングの失敗に尽きます。強いサムスンのキャンペーンで日本に対して対立的なイメージを作ってしまったところに、朴槿恵政権下になってからの韓国全体の反日姿勢のイメージが運悪く重なってしまった。サムスンが当初から徹底的に日本への尊敬と親愛をアピールをしていれば、ここまで状況が悪くはならなかったと思うのですが。

―― 日本でHTCのファンが多いのも、親日イメージの台湾メーカーだから、という見方もできます。

神尾氏 その通りです。HTCに限らず、台湾企業は日本人のメンタリティーをよく理解していると感じます。

 外資ブランドにとって親日イメージが重要だというのは、スマートフォンなどIT機器に限らず、欧州車などクルマでも同じなのですよ。あとは海外から日本に来るミュージシャンを見てください。みんな「日本大好き!」と、アピールしていますよね。「ごはんがおいしい」って。みんなそれしか言わないのだけど(笑)。日本で成功している海外の人・企業は、まずは日本の文化や市場をリスペクトしながら、自分たちの良さや文化を伝えている。親日スタンスは必須なのですよ。

―― サムスンはスマホの立ち上げ時にそうすべきだったんですね。

神尾氏 あとは辛抱強く日本に根を張る、という姿勢を見せるべきでした。サムスンは2007年に一度、日本の家電品市場から撤退しましたからね。しっかりと根をはらずに参入と撤退を繰り返す外資企業は、日本市場では「無責任なよそ者」としてとても嫌われます。ヒュンダイなどもそうなのですが、そのあたりの認識が韓国企業は甘い。逆にMicrosoftやAppleなどは日本での歴史が長いだけに、そのあたりの日本人の機微や日本市場における暗黙の了解といった部分をよく分かっていますね。

―― サムスンの巻き返しは2016年には厳しい?

神尾氏 1、2年で結果を求めるようなブランド戦略は失敗するでしょう。本気でもう一度日本でGalaxyを成功させたいのなら、少なくとも5年はブランド投資を続けないと。そして、プロダクトだけで訴求をしていっても日本の一般層には響かないので、地道にイメージをよくしていくしかない。個人的には、2015年度に入ってからサムスンのブランド戦略は劇的によくなったと感じています。この路線と規模感であと4~5年ほど辛抱強くブランド投資を続ければ、2020年代には日本市場への定着も可能になるのではないでしょうか。

―― サムスンは今IoTにかなり力を入れているから、それを打ち出せば?

神尾氏 それもテクノロジーですからね……。例えばAppleもテクノロジーを打ち出しますが、それだけではない。テクノロジーを打ち出して、それでどう生活が豊かになるかを、憧れやおしゃれなイメージとして提案してきます。それが意識高い系で嫌いという人もいますが(笑)。

―― だけど確かに憧れる人はいます。

神尾氏 いますよね。少なくともiPhoneやAppleのイメージは悪くない。それにサムスンは対抗しなくてはいけない。これは難しいですよ。だからスマートフォンという製品の部分だけで競争するのではなく、ブランドマーケティングやライフスタイルの提案などで、地道な活動をするしかないのです。あとはやはり親日企業になること。これは外資ブランドが日本で成功するために、とても大切なことです。

(続く)

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