麻倉怜士のデジタル閻魔帳
ハイエンドオーディオの復権(1/4 ページ)
最近、「ハイエンドオーディオ」と呼ばれる製品カテゴリが活気づいている。従来的な、いわゆる“オーディオファン”が急増しているとは思えない現在だが、各社から高級志向のスピーカーやアンプ、各種オーディオ機材がかなりのペースで発表、発売されており、需要が上向いていることを伺わせる。
デジタルメディア評論家の麻倉怜士氏による月イチ連載『麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」』。今回は音楽理論も専門分野の1つで、大学(津田塾大学)で音楽理論の教べんもとっている麻倉氏に、ハイエンドオーディオの現状について語ってもらった。
――「音質」を第一に掲げる製品の発表がここのところ続いています。こうした動きをハイエンドオーディオの復活ととらえる向きもあるようですが。
麻倉氏: 表面的には団塊世代の退職期に起因する市場全体の購買力アップが見て取れますが、本質的には音楽をよりよく聴きたいという流れの顕在化といえるでしょう。
3年ほど前から圧縮音源を利用したリスニングが一般化してきましたが、流れ、潮流には必ず反動が伴います。その意味では圧縮音源による手軽なリスニングの対極にある、「音楽を本格的に、より深く聴きたい」という潜在的なニーズがが顕在化したという分析ができますね。
圧縮音源は確かに手軽ですが、音質的には絶対的にベースバンドにはかないません。私は圧縮を強めた音を聴くと、いてもたってもいられない不安感、焦燥感を感じてしまいます。音楽はできる限り生演奏を聴きたいものですが、いつも生演奏を聴けるとは限りません。そこで録音したメディアを再生するわけですが、デジタルの場合は、たとえ非圧縮であっても、記録では符号化、再生では復号化が必要になります。つまりはベースバンドであっても、変調のオンパレードですね。
圧縮音声の場合は、さらに圧縮という工程が加わるわけです。デジタルの恩恵のひとつに「圧縮」が可能ということがあげられまずか、その効率だけを追い求めると、どうしてもストレスのある音になってしまいます。それがBGMであっても、音の良しあしが肉体と精神へ与える影響は決して、無視できませんね。
私はオーディオでは「音楽性」ということがとても大切だと思っています。音楽性とは、“音楽”をそのまま伝えてくれるかどうかを指す言葉だと考えます。音へ込められた作曲者や演奏者、エンジニアらの「想い」をどれくらいストレートに伝えられるか、その価値を保てるかがオーディオにおける音楽性です。そのことを最大限に配慮しているのが、ハイエンドといわれる製品ジャンルなのです。
そうした機器は確かに高価ですが、今、脚光を浴びているのは「音楽性」を重視する人が増えているからにほかなりません。そうしたハイエンド機器は、ある程度、使いこなしに覚悟が必要です。ポンと、そこに置いて立派に鳴るというものでもあれません。モノの持つパフォーマンスが上がれば上がるほど、それを発露させ、発揮させるのは難しいことです。
私のことを言うと、「Project K2 9800」(JBL製スピーカー)の導入はたいへんでした。最初はしっくりせずに戸惑いましたが、845という大出力通信管からなるZAIKAの真空管アンプを組み合わせたところ、3メートル以上離れている体のそばで直接音が鳴り響き、音のエネルギーすらも体感的に感じられるようになったのです。この組み合わせからは本当に多くのことを学びました。真実の音を出させるプロセスがたいへんであればあるほど、その成果も大きいというのもハイエンド機器の特徴といってもいいですね。それは醍醐味とでもいえるでしょう。
ホルストの「惑星」というクラシックの名曲があります。第4曲「木星」の有名な中間部は周波数的に近い特性を持つチェロとホルンがユニゾンで演奏します。表現力の豊かなオーディオでその部分を聴くと、まったく違う楽器の音なのに、空間的、音楽的に音が融合し、新しい分野の楽器で弾かれているような錯覚すら感じます。ハイエンドといわれる機器は、そうした体験も提供してくれるのです。
音楽に対する尊敬に満ちあふれている機器たちが奏でる世界、それがハイエンドオーディオの世界と言えるでしょう。
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