連載・部屋とディスプレイとわたし
成功の再配分──出版社が果たしてきた役割と隣接権、電子書籍(3/4 ページ)
失われる「成功の再配分」機能
そしてもうひとつ。これは私の個人的な感覚ですが、ひとつのノスタルジーも感じます、もし仮に幸運にも電子書籍市場を開拓することができたとしても、実はそこでは既存の出版産業から失われてしまうものがある。それは紙という物理媒体ゆえに成立していた、出版社の「成功の再配分」という機能です。
先に「出版社は書店さんの棚を確保できる」と書きましたが、それは既得権益として努力なしに手に入れられたものではありませんでした。がんばって継続的に、毎月毎月、本を出し続けることで、他社と競い合いながら確保してきた、長い営業努力の歴史と伝統の成果です。
特に文庫や新書のようなシリーズでは「売れそうな企画がないから、しばらく出さなくてもいいや」という訳にはいきません。そうするとその間に、棚という大切なショーウインドウは、他社の本にとられてしまうでしょう。普段からがんばってきちんと本をつくっておかないと、いざという勝負のときに「広く置いてもらえない」ということになります。
現実に、本当に小さい出版社では「ここが勝負」と、突然初版をたくさん刷っても、店頭に並べることができず、いきなり初期在庫の山を抱えてしまうということもあるようです。私は、ある企画でこれを体験したことがあり“発売前”に電話で「ぜんぜん店頭に並びません」と聞かされて「発売前から敗北宣言とは珍しいねっ!」と思ったものでした。正直、考えさせられる経験であり、私の暗黒歴史のひとつになっています。
そのようなマイナーは話はさておき、出版社は紙のエコシステムを維持するために、がんばって本をつくって刊行し続ける必要があった。売れっ子の本が出せる時だけ、刷っていればいいという訳にはいきませんでした。そしてたとえば私のごとき物書きでも刊行するからには、書店に並べられるだけの“ある程度”は印刷する必要があり、著者はその印刷部数に応じて、仮に1冊も売れなくとも、印税を受け取ることができました。
出版社にしてみれば、この営みはしばしば赤字になってしまうこともある訳ですが、どこかでヒットが出ていれば事業は維持できますし、売れない著者にも刊行機会やお金が回ります。こうした、書店の棚をめぐるバランスが結果的には「成功の再配分」として機能していたわけです。
ところが物理媒体に依存しない電子の世界では、もはやこうした「成功の再配分」は機能しなくなります。そこに存在するのは、並列的なディスプレイの機能を持つ棚よりも、むしろ垂直的なランキングの色彩が強くなるのでしょう。紙より印税率は高いが、その代わりに実売印税の世界でもあります。売れた分だけお金がもらえる。しかし売れなければお金は入ってこず、ランキングに入らなかった作品は発売後即座に市場から撤退させられてしまう。恐らく、現代の小売りの特徴である「売れ筋への集中と商品の短サイクル化」が、ますます色濃く反映される領域へと移行していくことでしょう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
メルカリ、梨の転売疑惑に「盗品の出品は確認されず」 誹謗中傷には利用制限も
-
2
「Xが情報収集に役立たない……」熊本地震で不満の声続出 「Twitterを返して」
-
3
「こんなのに追われたら……」急斜面もやすやす爆走、中国製の車輪付き四足ロボのデモ動画が話題 最高時速20km超
-
4
検索結果に「詐欺ではありません」と表示させる詐欺手口、警視庁が注意喚起 AI要約も餌食に
-
5
Z世代に聞く次の流行、「AIイラスト」が1位に 「Claude Code」も上位
-
6
東野圭吾さん死去、Xなどで追悼相次ぐ 「ガリレオ」など数々の人気作、エンジニアから転身
-
7
はてな、11億円流出の調査報告書を公開 偽警察、口外禁止、残業・休出200時間超、孤立……ほころびが連鎖
-
8
NVIDIAやMicrosoftなど30社超、オープンAIの防御ツール共同開発の「Open Secure AI Alliance」設立
-
9
「あ、その情報メモしたい!」を叶えるワイヤレスイヤフォン、Nothing「Ear (3a)」
-
10
農水省の“クソダサ”ポスター話題 「AIよりよっぽど良い」の声も 担当者に狙いを聞いた
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR